50000hit企画 3 「令二くん」 バイトの帰り道、背後から声を掛けられた。 見てみると、よくバイト先のファミレスに来る、女みたいな男が居た。こいつからはいつも携帯番号を聞かれたり渡されてるが、その度に断っている。 「何ですか」 めんどくさいな、そう思いながらも一応バイト先の常連だし、愛想笑いを浮かべて返事をする。 「令二くん、好きです。僕と付き合って。僕の恋人になってよ」 あー、やっぱりなと思った。前々から、もしかしたらこいつ俺のこと好きなのかなとは思ってたんだ。 ついに告ってきたか。 まあ、これを機にはっきりと断ろう。 俺には可愛くて仕方のない恋人、一樹が居るんだ。俺は一樹が大切で仕方がない。一樹以外の人間なんてどうでも良いとさえ思っている。 そもそもバイトも、一樹を旅行に誘いたくて始めたんだし。 「すみません。俺、付き合ってる人居るんで」 「僕じゃ、ダメ?」 「無理です。俺、恋人にベタ惚れしてるんで」 一樹の事を考えると、自然に頬がだらしなく緩んでしまう。 ああ、早く会いたい。今からメールして、一樹の家に行こうかな。一樹の可愛い笑顔が見たい。こんなところで油を売っている時間が惜しい。 「そーゆうことなんで、すみません」 「待って!」 その場を立ち去ろうとしたら、ぐっと腕を掴まれた。何なんだよ。 苛ついて、思わず舌打ちをしてしまう。 こいつ、女みたいな顔してて背も低いくせに意外と力強いし。 「まだ何か?」 「恋人、ってさ…こいつのことでしょ?」 「は…?」 男は俺の目の前に携帯の画面をかざした。 スマートフォンの液晶画面には、明らかに隠し撮りされた写真。 …大好きな、一樹の。 「…てめえ、何で一樹のこと知ってやがる!」 一樹のこととなるとカッと頭に血が昇り、男の胸ぐらを掴んでしまった。 男はニヤニヤしながら俺の手に自分の手を重ねる。 「一樹くんのお家って、厳しいんだって?令二くんと付き合ってること彼の両親が知ったらなんて言うかなあ…」 「…っ…、一樹とは、ただの幼なじみだ」 「シラを切ったって無駄だよ?証拠があるんだから」 「なっ…」 やつは携帯を操作し、次々と写真を見せてきた。 頭が真っ白になる。 …それはどれも、俺と一樹が俺の部屋でキスやセックスをしている写真。 「これでも、幼なじみって言い切れる?」 「…この、ストーカー野郎」 「やだなあ、令二くんのことが好きだからこそなんだよ?」 「気持ちわりいんだよ…っ!」 「あのさあ、この写真…ビラにして一樹くんの家の近所にバラまいちゃおっか?」 こいつ、何言って… そんなことしたら、一樹が… 胸の奥が、さあっと冷える。 「警察に、」 「言っとくけど。俺が捕まっても俺の仲間が同じことをするよ?」 「そん、な…」 「あ、心配しなくて大丈夫だよ?ちゃんと令二くんの顔にはモザイク入れてあげるからさあ」 「…やめろ」 「やばいね、一樹くんの実家もお店なんか続けられなくなっちゃうんじゃない?」 「やめろ!!!」 どうしよう。一樹…俺はどうすれば良い? 「令二くんに拒否権なんか無いんだよ…わかる?」 「…何を、すれば良いんだよ」 ごめん、ごめんね一樹。 好きでもない男を抱いて、呆然としたまま自分の部屋に帰って。部屋中を探したら、小さな隠しカメラがいくつか見つかった。 それを外しながら、何度も、何度も一樹に謝る。 ごめん、一樹ごめん。どうすれば良いのか分からないんだ俺。 一樹を守りたい、でも俺のしていることは結局、一樹を裏切ってることになる。 一樹、ごめんね。…誰よりも愛してる。 「全部、俺を守るため…?」 俺の…俺の知らないところで、そんなことが起こっていたなんて。俺は何も気付かなかった。気付いてやれなかった。 「一樹、ごめん…」 「謝らないでよ…!」 令二はきっと、俺以上に苦しんでいたのに。 俺、バカだ。ずっと令二に守ってもらってたのに。勝手に傷付いて令二を責めて。 でも、それでも。 「何で今まで言ってくれなかったんだよ…そんなに俺、頼り無い?」 「違う、そうじゃないんだ、一樹」 俺が情けない声で呟くと、令二が俺の手をぎゅっと握った。 俺を真っ直ぐ見つめる目は、凄く、優しくて… 「令二…」 「一樹に言おうと、何度も思った。だけど、この事を言ったら一樹は絶対に自分の事を責めると思ったんだよ」 令二だってバカだ。こんな俺なんかのために、どうしてこんなに… 「ごめんね、令二…こんな俺のせいで」 「ほら、やっぱり自分を責める。一樹は何も悪くない。俺の身勝手なんだ。何も知らなければ、一樹は傷付かない。それで良いと思ってた。…でも、間違えだったね」 令二は俺の頬を優しく撫でて、互いの額をくっ付けた。 「令二ごめんね」 「だから、謝る必要なんてないよ」 「令二…守ってくれてありがとう」 令二は微笑んで、そっと俺に口付けた。 令二の目は、また泣きそうに潤んでいる。 「一樹に避けられて、辛くてまじ死にそうだった。嫌われたかもって、本当に焦った」 「…俺だって、令二に浮気されて、本当に辛くて苦しかった」 「一樹…」 優しく抱き締められて、令二の肩口に顔を埋める。大好きな匂いがして、涙が出てきた。 もう離さない。離れないで。 ねえ、令二。 「令二、もう俺以外の人に触れたりしないで」 「うん。約束する」 「でも…これからどうしよっか…」 「言っとくけど僕、令二くんの事諦めるつもり無いから」 令二の部屋。 俺と、隣に令二。テーブルを挟んで向かい側には、あの可愛い男の子が座ってこちらを睨み付けてくる。 「俺たちも、別れるつもりはない。それにお前との関係を続けるつもりも無い」 令二が迷いの無い声で言った。 「そんなこと言っちゃっていいの?忘れた?俺は弱味を握っているんだから」 男の子がイヤらしい笑みを浮かべて脅しの言葉を掛ける。 俺の手を握る令二の力が、強くなった。 大丈夫だよ、令二。 「大人しく俺の言う通りにしないと、写真バラま…」 「勝手にすれば?」 「…い、一樹?」 二人が、驚いて俺を見る。 俺は言葉を続けた。 「勝手にすれば良いだろ。俺たちは何も悪いことなんてしていないんだ。俺たちの関係はそんなことくらいで壊れるほど脆くない」 俺だって男だ。いつまでも令二に守られてばかりの弱虫じゃ無い。 「令二は絶対に、誰にも渡さない」 まさか俺がこんなことを言うと思ってなかったのだろう。男の子は目を丸くして黙り込んでしまった。 「そういうことだから、」 「分かった。令二くんのことは諦める」 「「え?」」 男の子が発したまさかの言葉に、俺と令二は思わず声を揃えて聞き返してしまった。 いいの?あんなことまでしておいて、こんな簡単に諦められるもの? あまりにもアッサリと言い放ったので、何か裏があるに違いない。俺たちは警戒を強めた。 「令二くんの事は諦める。その代わり…」 ほら、やっぱり何かあるじゃん… 「僕、一樹くんのこと気に入っちゃった」 「え」 「はああ!?てめえふざけんな!!」 男の子がニコニコしながら言った予想外の台詞に、俺は間抜けに口を開けて、令二は額に青筋を立てて男の子の胸ぐらを掴んだ。 「一樹くん、大人しいと思ってたのに凄くカッコいいんだもん。僕も一樹くんにさっきみたいなセリフ言われてみたい」 「え、いや…あの…」 「んだとこの女男!!ぶっコロす!!確かに一樹は世界一可愛くてカッコいいけどな!!」 なんだこれ。俺、どうすりゃいいわけ? 「一樹くん、僕に乗り換えてみない?」 「無理、です。俺…貴方みたいに卑怯な人は大嫌いなんで」 「じゃあ、もう卑怯な手は一切使わないよ!正々堂々とアタックするね」 「俺がそれを許すわけねえだろうが!!出てけクソ野郎、二度と俺らの前に面見せんな!」 「令二くん怖い〜。はいはい、一旦帰りますー。一樹くん、またね!」 令二が男の子の腕を無理矢理引っ張って、玄関まで連れていってしまった。なんかもうメチャクチャだ。 家を出てく間際、男の子は俺にウインクをしてから去っていった。それにまた令二がキレる。 俺はただ苦笑いを浮かべる他なかった。 令二をなんとかなだめて、とりあえず… 「まあ、一件落着…だよね?」 「いや、全然落着してないから」 一樹は俺のものだ!と抱き付いてくる令二に、どうしようもないくらい愛しさが沸き上がる。 これからも、まあ色々とありそうだけど。 何があっても、繋いだ手は離さないから。 end. [*前へ][次へ#] [戻る] |