003
頬杖をついて、佐伯さんがぼんやりと過去を振り返っている。
こんな風になる筈じゃなかったのにな、と呟く佐伯さんは少し儚く見えた。
同時に共感する。
私も、こんな風になる筈じゃなかった。もっと夢がある未来を望んでいた筈なのに。
人生って上手くいかないものだ。それとも世の中が厳しいだけなのかな。
「ドクロマークが点滅する度、私、会社に辞職届を突きつけたくなる。こんな会社、おさらばしてやるって」
「でも佐伯さん。もう入社して4年目ですよね?」
「残念。5年目ですー」
「大して変わりません。なんで続けてるんですか」
「ンー。辞めようとする思う度、冷静で客観的な自分がいるの。そして訴えかけてくる。辞めると今まで頑張ってきた自分はどうなる?これからの生活は?って。具体的な目標とかさ、そういうのがあればイイけど。私、辞めてそれから……のことを真剣に考えてないし」
考え切れないのかも。今のことで手一杯だから。
佐伯さんがグラスを見つめながら呟く。
「はぁ。さっき人形の話題出たでしょ?」
「ええ。出ましたね」
「あれさ。私が人形になりたいって願望を何処かで持ってるから、そんなこと言ったわけよ。あーあ、いっそ、人形になりたい。人形って、ただジッとしているだけでイイでしょ。作られた自分を見てもらえるだけ。目まぐるしい日々を過ごさなくてイイし。残業もさせられない。セクハラもされない。羨ましい」
「それは同意しかねますね」
「なんで?」
「だって、誰の手に渡るか決められないんですよ。セクハラ上司の手元にでも渡ったら嘆きたくなりますね。それに、自分の好きなことをデキませんし」
「けどさ、本当に少し憧れるの。本当に少しだけ」
そういう佐伯さんは、儚い人に見えた。私には人形の何処に憧れを抱くか、全く分からない。けれど佐伯さんには何か魅力があるんだろうな。
私の憶測だけど、もしかしたら佐伯さんは目まぐるしい日々を過ごすことに少しだけ疲れているんだと思う。
だから人形みたいにぼんやりしたい……んじゃないかな。当人に詳しく聞いてないから分からないけど。
なんか、こんな佐伯さんは泡みたいだ。
少しで触ったら弾けそう。
どんなに社内で笑っていても、実績があっても、こういう脆い部分って誰にでもあるんだって改めて実感した。
しんみりとなっていた佐伯さんが日本酒を飲み干した。店員さんに追加を頼んでいる。
「飲まなきゃやってらんない。明日頑張る為にも、飲むぞ」
「佐伯さん。一つ言わせて下さい」
「なあに?」
「飲み過ぎです」
「さっきもそれ言ってた」
「じゃあ、もう1度言います。飲み過ぎです」
End
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