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010


 
 
「昔、ある女房と帝が恋に落ちました。当然、赦されぬ恋。帝は今後の女房の為を思い女房と別れを決断します。しかしながら女房は“捨てられた”と思い違いをし、あの桜の下で自害しました」


 桜の起こす突風を指で切り、一気に風を静める。


「報われぬことのない恋、報われぬことのない魂、女はとても淋しかったのでしょう。何十年にも渡り、桜と共に過ごしてきた。そこへあの青年が現われた」


 歩み寄ってくる杜若に花弁が襲い掛かる。杜若は札を取り出し宙に投げた。
 猛威を振るっていた花弁が、ただの花弁と化す。
 
  
「幼い頃から訪れてくれた青年に女は興味を持ち始めました。毎年のように訪れてくれる青年を心待ちにするようになりました。年月が経ち女の魂はとうとう青年に恋をしました。しかし今年は…青年と共に女子(おなご)がやって来た。恋仲だと気付き憤りと嫉妬心を抱きました」
 

 龍笛を吹いている宗昌の肩に杜若が触れる。
 するとハッと我に返り、宗昌は龍笛から口を離して辺りを見回している。正気に戻ったようだ。


「幼き頃から知っているのに、何故…これは私の男。以前のように捨てられたくない。自分と同じようなればきっと青年も自分のことを愛してくれるだろう。桜の霊力を借り、女の魂は青年に呪をかけました。強い呪が青年の正気を失わせ、異常なまでに花を愛すようになりました。そして生命が少しずつ削られていったのです」


 状況が分かっていない宗昌が頬を掻いて首を捻っている。
 杜若は桜の幹に触れ語りかけた。

「お気持ちは分かります。しかし、このような愛し方はなりません。貴方とこの青年は違うのですから。貴方は賢いお人。私の言っていること、分かりますね」

 ざわざわと揺れていた桜の花弁が静かになる。「貴方は優しい人」杜若は顔を綻ばせた。
 

 時文達が桜のもとに駆け寄ってくる。
 しきりに首を捻っている宗昌と時文に杜若は頭を下げた。

「申し訳ございません。私の弟子達が勝手なことを…」
「弟子ではないぞよ! 姉様(あねさま)!」
「わ、私は止めようとしました…杜若様」


「水羅、香澄」


 頭を上げて見据えてくる杜若に2人は口を噤んだ。
 ということは巷で噂されている巫女というのは…時文が訊ねれば、自分のことだと杜若が再び頭を下げてくる。噂は本当だったのだ。ただ自分達の訪れるタイミングが悪かったのだ。
 宗昌に体調や花のことについて聞く。事情を聞いた宗昌は複雑そうな顔をして大丈夫だと答える。





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あきゅろす。
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