桜の櫻の舞う場所で
* *
―――有り得ない、もう薄紅の花弁は散り青々とした葉が顔を出している季節だというのに。
宗昌が1番好きだと言う桜のもとにやって来た時文は零れんばかりに目を瞠る。
季節は過ぎ行くというのに、桜は薄紅色の花弁を空を覆い隠すように満目一杯に咲かせている。艶かしいほどだ。香りがまた艶かしさを引き立たせる。
美しいと呼ぶべきなのかもしれないが、見事に咲き誇る桜に時文は畏怖の念を抱く。宗昌の生命をこの桜が奪っているというのも、この状況を見れば納得せざる終えない。
一方、桜を見た宗昌は憑かれたように根元まで歩み寄ると、いつも大事に持っている龍笛を取り出した。
時文が気付き声を掛けても、全く聞こえていないようだ。焦点の合っていない瞳を桜に向け、静かに龍笛を吹き始める。
明らかに様子がおかしい。
共に来た水羅に助けを求めれば、険しい顔を作り顎に指を絡めている。
「…不味い、かもしれんのう」
「不味いとは」
「あの桜が急激に宗昌の生命を奪っておる。笛を止めさせなければ」
水羅が桜に歩み寄ろうとすれば、突風と共に花弁が此方に向かってくる。
まるで自分達を拒んでいるよう。
先程の数珠とは違う勾玉を取り出し水羅が何やら唱えているが、変わらず突風と花弁が飛んでくる。
香澄が勾玉を取り出し加勢するが、突風は勢いを増すだけ。自分も何か手伝いが足を引っ張るだけだろう。悔しいが黙って見守ることにした。
「あの桜の木、宗昌に異様なまでに執着心を抱いておるようじゃ。香澄、札は持っておるか?」
「も、持ってますけど……札があそこまで届くか。それに私たち未熟ですよ」
「ええいっ! 戯けたこと抜かす暇あったら仕事に専念せぇ!」
「す、すみませんっ!」
見守っていた時文は遠目を作った。
大丈夫なのか、あの巫女様たち。
いやいやいや腕利きの巫女様たちだぞ。きっとまだ本領を発揮していないだけだ。
「す…水羅様ッ、申し訳ないです。破れかけの札しか持って来て」
「な、なんじゃとぉおおー!」
「ごめんなさいっ、というか水羅様は持って」
「持っておらぬから香澄に頼んだんじゃ!戯け者! ええいっ、破れかけでも札は札じゃ!」
「えええっ! 使うんですか!」
ギロリと水羅に睨まれ、香澄は慌てて破れかけ(しかもヨレヨレ)の札に自分の霊力を注ぐと桜に向かって飛ばした。
当然の如く札は桜が起こす突風によって飛んでいってしまった。
「やっぱり」項垂れる香澄、「なんという桜じゃー!」地団太を踏む水羅。
いつ…本領を発揮してくれるのだろう。
時文は遠い目を更に遠くした。
龍笛の音がより一層大きくなる。音に桜が酔い痴れているようだ。散り舞う花弁の量が多くなった。
酔い痴れているのは宗昌も同じ。一心不乱に龍笛を奏で、全てを桜に捧げている。此方がどんなに呼び掛けても声は届かない。
手を尽くしたのか「困ったのう」水羅は一の字に口を結んだ。香澄は血相を変えて声を張る。
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