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 中将・宗昌は左大臣家の、中将・時文は右大臣家の息子であり、二人は幼少からの付き合い。
 何をするにしても二人で過ごしていた。碁をするにしても、蹴鞠をするにしても、悪ふざけをして叱られるにも、いつもの一緒だった。時文にとって宗昌は心腹の友。思っていることも顔色で何となく分かるような、互いに性格を知り尽くしている仲だった。
  

 しかし一ヶ月ほど前から宗昌は変わった。


 憑かれたように花を溺愛するようになったのだ。
 そろそろ正妻を迎えてもよい年頃だというのに、舞い込んでくる縁談を片っ端から断り、どんな女子(おなご)に見向きもせず、中庭へ足を運んでは花を愛でている。

 最初の頃は「ご乱心か」と笑いながら見守っていたが時が流れるに連れ、宗昌の様子がおかしいと思い始めた。

 女房達が「宗昌様、花に恋をしているよう」と囁き始めるほど宗昌は花に魅せられているようだった。
 時々背筋に冷たいものが走るほど、宗昌の花に対する執着心は大きかった。少し前までひとりの女性にアタックしていたというのに。


(宗昌。桜子を正妻に迎えたいって言ったじゃないか)

 
 あんなに一生懸命手紙や歌を送っていたのに。

 宗昌は桜子という女性の顔を拝んでいる。本来女性は家族以外の男とは顔を見せない。誰かの前に出る場合は扇子で顔を隠す。顔を見せるということは結婚を許すも同じことだから。
 なのに宗昌は桜子の顔を拝んでいる。


『どうしても満開の桜を見せたくて、こっそり2人だけで花を見に行ったんだ。誰にも言うなよ。時文』


 惚気話をしていたあの頃が遙か昔のよう。

 花以外何もかもどうでもよくなったように、龍笛を吹き始める宗昌に時文は不安を抱いていた。
 きっと桜子という女性も不安だろう。一ヶ月も自分のところに訪れない宗昌を想い、毎日心配しているかもしれない。2人だけ桜を見に行ったくらいなのだ。桜子だって宗昌のことを。

 何度も桜子のところに行けと言ったのだが、宗昌は全く行く素振りを見せないし。
 

「ゲッホゲホ…」


 龍笛から口を離し、急に咳き込み始める。
 「おい?」声を掛ければ宗昌は最近体調が悪くてさ、と苦笑いする。
 先日も寝込んだと聞いていた時文は、やはりおかしいと感じていた。徐々に咳き込みが大きくなり、宗昌は「戻った方が良さそうだ」と荒呼吸を繰り返していた。
 
「本当に大丈夫なのか」
「ああ、直ぐ治まるよ。ケホッ…じゃ、俺、行くな」

 覚束無い足取りで去って行く宗昌。
 一ヶ月前に比べると随分痩せた気がする。時文の不安は絶頂に達した。 


(まさか宗昌の身に何か降りかかっているんじゃ)


 でなければ、宗昌がこんな風に変貌するか!

 時文は親友の身に何か起こっていると畏怖し、何か手立てはないかと天を仰いだ。視界には宗昌が愛して止まない花弁が舞い上がっていた。
 




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あきゅろす。
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