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ある公達と花の香り



 花のその良き香りは人を魅惑しているよう。
 人々の鼻腔を擽り、自然と足を止めさせ、自分に注意を向けさせる。美しい姿を見てもらおうと放つ香りは時に艶かしい。これを魅惑と謂わずなんと謂おうか。
 
 では何故、良き香りを放ち人を魅惑してまで、美しい姿を見てもらおうとするのか。


 きっと見届けて欲しいのだ。


 美しき絶頂にいるその姿を。そして散り消えるそのあわれな姿を。花の寿命は短い。
 例え直ぐに忘れられようとも、その瞬間を見てもらいたくて見届けてもらいたくて、良き香りを放ち人を魅惑してくるのだ。なんとも花は儚げで健気な生き物だろうか。



 世のなによりも美しい生き物だと思わせられるほど。
 
 

 花弁舞う木の根元に立ち、ひとりの公達(きんだち)は目を細めていた。
 木の表面に手を当て優しく愛撫し、思わず溜息を漏らす。
 暫く同じ行為を繰り返していたが、ふと手を止め持っていた龍笛(※横笛)を口に当てると、静かに音を奏で始めた。
 
 空に響き渡る音を聞きつけたのか、「また始まった」と渡り廊下を歩いていた公達が足を止めた。
 
 一点の曇りも無くウットリと龍笛を吹く公達。
 様子を見て仕方無さそうに肩を竦めると、中庭で龍笛を吹いている公達に声を掛けた。
 


「そんなに花が愛おしいなら正室にでも迎えたらどうだ。宗昌」



 龍笛を吹いていた宗昌(むねまさ)は音を止め、返事を返す。

「そうしたいくらいだ。妹背(※夫婦)になれたら、どんなに素敵なことか」
「お前の神経、花の香りで完全にヤラちまったんだろうな」
「花の香りでおかしくなったんなら、なお素晴らしいことじゃないか」
「…嗚呼、幼少はまともだった筈なのに何でこうなったか」

 額に手を当て「あの頃のお前はまだ普通だった」「あの頃のお前は何処へ行った」「正常にどうしたら戻る。しかし手遅れかもしれないしな」と嘆く時文(ときふみ)に、宗昌はヘラヘラと可笑しそうに笑う。
 あまりにも能天気に笑うものだから時文は、懐から扇を取り出すと容赦なく額を殴りつけた。
 不意打ちを喰らった宗昌は「酷いじゃないか」と愚痴るものの、まだ可笑しそうに笑っている。その内、香る花を見上げ見蕩れて始める。

 その面持ちに時文は複雑な心境を抱いた。


「本当に花を正室に迎えられたらな。花と共に死ねたら本望」
  
  
 宗昌は舞う花弁に手を翳す。
  


「散る花を 何かうらみむ 世の中に 我が身も共に あらむものかは
(散る花をどうして恨もう、我が身もこの世の中にずっと一緒にいられはしないのだから)」
 

 
 
 澄んだ声にのせる想い。
 時文の複雑は不安へと変わった。





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