005
例えばですね。
大自然を見て感動すれば、人は心を動かされます。
小動物を見て可愛いと思えば、人は心を擽られます。人と対立し喧嘩別れとなれば、人は悲しみます。
様々な環境で生きている人は、変化する環境によって感情を変えるのです。
その姿は、本当に生きた芸術に私は思えます。とても素敵な芸術です。
人という芸術の中でも美術家は、自分の感情や人生を何か形で表現したいと自分の化身を作ります。
それが美術館に飾られている美術品たちなのです。
そう考え方を変えてみれば面白いでしょう。芸術が作り出した作品達は、芸術の人生や感情を生き写ししているのですから。
少なくとも私は美術品と向き合っていると、ただの作品という見方がデキないのですよ。
「貴方という芸術は、これから先、どのような作品を生み出すのでしょうね」
「へ?俺は絵とか描かないですよ」
「作品を生み出すと作り出すは違いますよ。形が無くとも作品は生まれます。貴方は若い。きっと老いた私より素敵な作品を生み出すでしょう。どうかこれから素敵な作品を生み出して下さいね」
俺を見て小さく笑うと会釈してじいさんは背を向けて歩き出した。
ひとりの若い館員がじいさんを「田幡館長」と呼び止めて駆け寄っていた。
あのじいさん、此処の館長だったのか。
頭を掻いて俺は、例の油絵と向かい合う。
やっぱどう見ても猿っぽい顔をした人。
凄いとか感動とか面白いとか、そんな感情は出てこない。サッパリだ。
まさか、分かるまで美術品を見に来いっつー宣伝してたんじゃねよな。じいさん。
油絵と睨めっこしていると表情を曇らせた克志が戻って来た。
大きく溜息をついている克志は、情けない声を出して「昼飯食いに行こうぜ」と言ってくる。
勿論、俺の奢りでと釘を刺してくるところは図々しいよな。克志って。
「なあ、克志。この絵、どう思う」
「どう思うって人だろ。いや、猿か。やっぱ人……分かんねぇ。変な絵だな」
「他に思うことあるか?」
「べつに。何だよお前、この絵になんかあンのか」
「いやぁー……」
誤魔化すように笑って俺は油絵に視線をやる。
じいさん。あんたの言ったこと、俺は半分も分かってねぇや。
あんたぐらいに歳喰って生きてみたら、少しは意味が分かるかもしれねぇけど、今はサッパリだよ。サッパリ。
「生きている人間自体が芸術、か」
「さっきからどうしたんだよ」
「何でもねぇ。腹減ったな。メシ食いに行こうぜ。慰めに焼肉でも奢ってやるよ」
克志の背中を叩いて、俺は油絵に背を向けた。
作品とか、人生の化身とか、そんな難しい物を見るよりまずはメシだメシ。
今の俺は、美術品を見てじいさんみたいに作品の人生を楽しむよりも、メシを楽しむ方が優先だしな。
End
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