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003


  
 欠伸を噛み締めながら俺は、猿っぽい顔をした人の油絵とまだ睨めっこしていた。一緒に回っていた克志は手洗いに行っていた。

 美術品なんかを見て克志の失恋心が癒えるのか、俺には謎だ。
 悲しみを発散できるゲーセンとかカラオケの方が良かったんじゃないか。カラオケなら個室だからカップルなんて見ないし。自分の好きな歌を歌えるし。


 静寂が余計、傷心を抉る気がするのは俺だけだろうか。

 
 美術館に漂う退屈な空気に眠気が誘われる
 。欠伸を噛み締めていたが、思わず大きな欠伸が一つ零れる。やっぱり眠い。芸術品なんて見ても感動が込み上げてこない。
 早く此処から出たいという感情が少しずつ膨張していく。
 

「退屈ですか」

 
 突然、声を掛けられて俺は度肝を抜かれた。
 優しそうなじいさんが俺に声を掛けてきた。
 身なりからして、じいさんはこの美術館で勤めている事が分かった。

 俺が誤魔化しながら曖昧に「少し」と返答した。
 退屈なのは確かだが、他人に指摘されるとばつが悪い。じいさんはクスリと笑い声を漏らして、例の油絵に目を向けた。


「この絵は面白いですよ。描いた人自身そのものの心が表れているようです」

「はぁ」

 
 猿っぽい顔をした性別も断定できないこの絵が、描いた人自身そのものの心が表れている、と言われても。
 俺には芸術を見る目なんてない。興味もない。だから面白味も何も感じない。


 取り敢えず、話を合わせる為に「そうなんですか」と返事を返した。 

 
「絵はお嫌いですか?」

「え、いえ、嫌いというか、俺にはよく分からないというか」


 ドキリッ、と心臓が高鳴った。
 俺の気持ちを見透かしたように、笑みを浮かべたじいさんが聞いてくる。

 空笑いして返事を返し俺は思った。

 このじいさん。早くどっかに行ってくれないかなぁ。ウザイわけじゃねぇけど、なんっつーか苦手なタイプ。俺の気持ちに反し、じいさんは話を続けてくる。
 勘弁してくれ、なんて俺の気持ちなんてじいさんが気付く筈もない。





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