001
「人…いや、猿か。やっぱ人」
頭を掻いて、俺は首を傾げる。
俺の目の前に広がっているのは、よく分からん油絵。褐色の肌を持っている猿っぽい顔をした人(たぶん、人だと思う)絵が壁に飾られている。
性別さえも判断しかねる。
パッと見、男のような気がするが、もしかしたら女かもしれない。
顔だけでは判断できない。これを描いた人物の心情が読み取れず、俺は油絵と睨み合って首を捻るばかりだった。
隣で老夫妻が「独特だな」「面白いですね」と感心したようにお互いの感想を述べ、俺の見ている油絵に目を向けていた。
独特という意見には同意するが、面白いという意見には同意しかねる。面白いというより訳が分からないだろ。
この絵。
老夫婦のように、感心する気持ちなんて露一つ出てこない。
気の済むまで老夫婦は絵を眺め、次の美術品へと向かった。
俺の後ろを通り過ぎて行く老夫婦を横目で見ながら、俺は大きく溜息をついた。
芸術なんて興味がない。美術館なんて一切俺とは無縁の建物。
なのに、俺は今、美術館という名の付いた建物内にいて美術品を鑑賞している。
勿論、好んでこんな場所に足を運んだわけではない。
此処にいるそれなりの理由があった。
理由、それは我が親友の失恋だ。
大失恋した、と親友の克志が俺に連絡を寄越してきたのは三日前の午前4時過ぎのことだった。
克志は爆睡していた俺を叩き起こし大失恋した心情を延々受話器越しに語ってきた挙句、「慰めろ」と半目になりながら夢の世界へ旅立とうとしていた俺に無茶苦茶な要求をしてきた。
一刻も早く眠りにつきたかった俺は、気晴らしに何処か行こうと克志に言い三日後に会うことを約束すると電話を切った。
切る前に何処か行きたい場所でも考えておけと言った記憶、確かに俺の頭の片隅に置いてある。
だから三日後、待ち合わせ場所にいた真っ白に燃え尽きたような表情を浮かべている克志が「行きたい場所がある」と言ったことも納得ができた。
気晴らしになりそうな場所でも見つけたのなら、それに付き合ってやろうと思っていたのだ。
親友思いの俺は打ちひしがれている親友の為に今日は奢る予定まで入れていた。持ち合わせもいつもより多め。ワザワザ近所のコンビニで金を卸してきた。
この借りはいつか返して貰うつもりで、克志の行きたい場所に付き合った。
俺自身、失恋のことを忘れたいだろうからゲーセンとかカラオケとか。
克志がハジケられそうな場所を想定していた。なのに克志と一緒に来た場所はハジケなんて一切できない静寂を保った美術館。
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