005 「ジェローム・K・ジェロームって知ってるか? イギリスの作家なんだ。そいつの格言をひとつ教えてやるよ」 「なに」 「『恋は麻疹のようなもの。誰でも一度は掛からなければならない』だ、そうだ。つまりお前の言う『Love is blind』の魔法も、麻疹の様なヤツで、掛からないとイケないっつーことだ」 「いつかあんたと別れた時、引き摺るよ」 「イイんじゃね?それもイイ思い出」 「あたしは良くないんだけど」 「ってか、気に食わないな。お前って、俺と別れた後のことばっか頭に入ってる。今の此処にいる俺を見ろっつーんだ」 「……あんぱん食いながら言う台詞じゃないんだけど?」 たぶん、ドラマだったら此処は盛り上がるシーン。 でも、ムード台無し。 あんぱんを全て口に入れて、噛み砕いている彼は、意地悪く笑ってくる。 「青春の過ちとでも思っとけ」 「そんな軽々しい問題じゃないんだけど。あたしは」 「お前はそうやって弁解しているだけだ。お前は、分かってない」 その言葉、そっくりそのままお返ししたい。 そっちだって分かっていない。 『Love is blind』の魔法の後遺症を残したくないこの気持ち。 理性を失えば人間はただの獣と化すだけだ。頑として、彼に一線を置きたいあたしに焦れた彼。 だったらとばかりに、顔を近付けて云う。 「俺が本気で『Love is blind』の魔法を掛けてやるよ」 勘弁して欲しい。 溺れている本人から掛けられる『Love is blind』の魔法ほど強力なものはないのだから。 本気になった彼の視線を受けながら、あたしは静かに失笑した。 End 後書き⇒ [*前へ][次へ#] [戻る] |