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013


 

 ばあばと一頻り話した私は、片付けた裁縫道具を持って自室へ。

 そこで一旦道具を机上に置くと、踵返して廊下に出た。向かう先は仏間、お父さんとお母さんがいる部屋だ。中学時代はあまり来たがらなかった部屋でもある。部屋の明かりを点けた後、私は膝を折って正座。仏壇と向かい合って、ううん、両親と向かい合って軽く合掌。
 
 次いで今日の報告。好きな人が出来たんだよ、顔もよく憶えていない両親に告げた。

 こんな私にも好きな人が出来た、小中時代じゃ考えられないよね。
 あの頃は毎日学校で泣いて帰ってきていたから、人を好きになる余裕なんて一握りもなかったから。それだけ今の生活が楽しくてしょうがないのかもしれない。不良さん達の傍は私のかけがえのない居場所になっているから。
 
 淡々と報告、気持ちを口にして飾られているお父さん、お母さんと視線を合わせる。
 記憶に殆ど残っていない両親の顔、こうして見比べてみると私はどちらかというと父似だ。ばあば曰く、気弱な性格は母似らしい。顔は父、性格は母に似たってことだよね。具体的にお母さんってどんな人だったんだろう。お父さんって怖い人だったのかな。マメな性格とはじいじに聞いたことあるけれど。もう会えない両親を前に、私は失笑を零した。
 

「お父さん、お母さんが傍に居てくれたら…、二人の恋愛話も聞けたのかな」
 

 どこでどうやって知り合ったの? どっちが先に告白したの? 馴れ初めってどんな感じだった? 
 湧き水のように出てくる疑問を必死に抑え込んで、「好きな人が出来るだけでも進歩だよね」小中時代に比べたら、格段に私は成長したと思う。うじうじしていたあの頃よりかは、まだ恋をしている自分の方がマシだと思えるから。
 
 だけど、自分の感情に気付いてもこの恋は片恋で終わるんだと思っている。
 
 ケイさんの様子を見ていると、彼は弥生ちゃんのような明るくてお喋りが大好きな、場を盛り上げられる女の子が好きみたいだから。弥生ちゃんも、初対面ながらケイさんに助けられたってことで好感度は高い。好きな相手はハジメさんに違いないんだろうけれど。
 私なんかが好きです、なんて言ったら向こうだって困っちゃうよね。分かってるんだ。

 でも、でもね、お父さん、お母さん。


「誰を見ていても、相手を想うくらいは許してくれるよね?」
 
 
 私はポケットに仕舞っていた携帯を取り出して、さっき届いたメールを再度黙読。
 短い文字の羅列がディスプレイに映し出されている。画面上の文字の色形は味気ないけれど、送り主の名前を見るだけで胸が熱くなった。恋心のせいかな。
  

「私も強く…、なりたいな。何があっても、笑って乗り切れる彼のように」
  
 
 私の独り言は仏間の静寂に溶け消えていった。
 

 以降、私はケイさんへの恋心を自覚、それを受け入れて毎日を過ごしていた。
 だからと言って、弥生ちゃんみたいに行動するわけでなく(弥生ちゃんみたいに積極的に話すなんてできない)、こっそりと彼のことを想うだけの日々が続く。私の気持ちを察している弥生ちゃんや響子さんは、なにかと協力してくれるような素振りを見せてくれたけど、やんわりと私がそれを受け流したから。

 片恋を抱くだけでも私自身、シアワセだった。
 これまでにない新たな気持ちを知れた発見と新鮮さ、同時に広がる世界観。嬉しいことばかりじゃないけれど、例えば彼と一言二言会話するだけで、その日の気持ちの上がりようは尋常じゃなく、明日も頑張ろうという気持ちにさせてくれた。
 
 気さくに話しかけてくれる彼の背を見守る、それだけで私は十分だったんだ。
 仮に彼が誰を見ていても、私は彼の傍で“良きお友達”でいよう。この気持ちだけは絶対に彼には告げないと決心していた。片隅で気持ちを告げることに怖じていたのかもしれないけれど、この気持ちだけは絶対に。
 

「弥生っ! 俺の携帯、勝手に弄っただろ! 待ち受けがめっちゃ乙女になってるんだけど!」

「弄ったんじゃなくて、デコレートしてあげたんだって。ケイの待ち受け、地味過ぎ」
 
 
 「ありえねぇ!」「可愛いじゃん」他愛もないやり取りを、UFOキャッチャー前でしている彼等を遠巻きに見ていた私は苦笑し、踵返してその場を後にした。
 
 彼が誰を見ているのか、なんとなく分かっている。
 だからこそ、この気持ちだけは絶対に告げない。彼には絶対に告げちゃ駄目なんだ。告げたらきっと、私は大好きな人の顔を困らせてしまうのだから(それだけは絶対にやってはいけないんだ)。




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