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012




「ヨウ…」


 ふと声を掛けられた。背後から聞こえた…、んじゃない。寝台から声が聞こえた。慌てて視線を流せば、重たそうな瞼を持ち上げているケイの姿。意識は朦朧としているようだけど、喋れるレベルではあるようだ。
 「あめ」止んだな、窓辺に視線を流すケイが今日は晴れていると呟く。
 「だな」相槌を打つ俺に、「がっこう」行かないとやばいだろな。相手と会話を成立させる気がないのか、真面目発言をするケイ。現実逃避をしているらしい。

「ゆめ、だったのかな。あれは」
 
 いや違うよな。あれは夢じゃない、夢なんじゃない。


「おれ…、利用されちまったんだな」
 

 ―――…いや現実逃避はしていないようだ。
 
 「なさけない」本当になさけない、瞼を閉じるケイの零す感情を、それを具体化した一筋の雫を俺は生涯忘れないと思う。
 「約束すっから!」俺は消えそうな表情を滲ませているケイに、絶対約束するから、仇は取ってくるからと決意を露にした。姑息な真似ばかりする輩を、“不良狩り”とかなんとかワケの分からない輩を、ケイに暴行した輩を討ち取ってくる。必ずだ。約束するから。
 
 熱を入れて訴えた。
 
 瞼を持ち上げるケイに、「約束すっから…」だから情けないとか言うなよ、お前は情けなくなんてねぇよ。
 言っている内に俺の方が情けない声を出しちまった。眉を下げる俺のツラを見たケイが微かに表情を和らげる。
 「やくそく、な」だからそんな顔しないでくれよ。瞬きの回数を多くしてケイは蚊の鳴くような声でおどけた。無理しておどけていることくらい、舎兄の俺には手に取るように分かる。

「…、ありがと」

 不要な礼に俺は泣き笑いを返す。それしか表情を返せなかった。
 保護者に連絡を入れていたシズが戻って来る。ケイが目を覚ましていることに気付き、目を見開いたけどすぐ表情を戻して気分だどうだと声を掛けた。「だいじょーぶだよ」返事するケイはちっとも大丈夫そうじゃない。
 
 けどケイは大丈夫と言い聞かせ続ける。俺達に、何より自分に。そうやって自分を保っているのかもしれない。
 
 程なくして響子達が戻ってくる。静かに点滴を受けているケイの瞼が持ち上がっていることに逸早く気付いたココロが駆け寄って、顔を覗き込んでいた。彼女の泣きそうな顔を見てケイは「だいじょーぶ」と繰り返している。もはやケイの生み出した魔法の呪文だ。
 吠えそうになるキヨタにも大丈夫と言い(こいつ。突進しようとしやがった!)、ケイはきっと大丈夫と自分に言い聞かせて眠りについた。喋り疲れたようだ。―――…そうだな、大丈夫、きっと大丈夫だ。
 だって俺はこいつに大丈夫、乗り切れるつったんだ。過程が大丈夫じゃなくても、きっと最後はダイジョーブ。そう、俺が言ったから。
 

 連絡を受けたおばちゃんが迎えに来る。

 浩介も一緒にくっ付いていて、点滴を受けているケイを見るや「どうして?」兄ちゃん、こんな酷い傷を負っているの? と途方に暮れた顔を作っていた。おばちゃんはおばちゃんで真剣に医者の診断を聴いている。なんっつーか居た堪れない気分になった。べつに俺等が悪いって言われているわけじゃないんだけど、なんか、やっぱ罪悪を抱いちまうんだ。俺の弱さから来るもんなんだろうか?
 こういう場合、俺の親父がケイのおばちゃんの立場ならきっと俺を怒鳴り散らすんだろうな。不良の道に巻き込んだお前のせいで! ……みたいな?

 けどおばちゃん優しいから、「ありがとうね」ケイを病院に連れて来た俺達に礼を言ってきた。
 咎めの声が一切ないから罪悪は増すばかりで。こんなことなら罵られた方が気が楽だったと思う(罵声を浴びることは慣れっ子だしな)。俺がもっとリーダーとして、舎兄として、友達としてしっかりしとけばケイはこんな目に。
 世話になっているからこそ、おばちゃん達の悲しむツラは見たくなかった。浩介もああ見えて兄ちゃんっ子だから、目に見えるほど落ち込んでいて。

 点滴を終えたケイはおばちゃん達と帰宅することになる。
 その際、「おぶれるかしら」おばちゃんが真剣にケイをおぶろうとしていたから、慌ててその役を俺が買って出た。こういう時こそ俺達を使って欲しいもんだ。駐車場までケイを運んだ俺達におばちゃんは再三再四お礼を告げてくる。

「おかげで助かったわ。本当にありがとう。圭太のこと、これからも宜しくね」

 やっぱり咎めの言葉はなかった。
 「あのさ。おばちゃん」運転席に乗り込むおばちゃんに声を掛ける。お礼以外の言葉をおばちゃんから聞きたかった。実際、こんな目に遭っている息子を見ておばちゃんはどう思ったんだろう? とはいえ、掛ける言葉が見つからない。
 ボキャブラリーの少ない頭で必死に言の葉を検索していると、「大丈夫よ」圭太はすぐ元気になるから、おばちゃんに慰められてしまった。情けないことに。




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あきゅろす。
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