020
一回り、フロアを捜してみるけどケイさんはいないみたい。
二階、もしくは三階かな? エスカレータで上がるの、ちょっとメンドクサイなぁ。携帯で連絡を取ってみようかな。あ、その前に外を見てみようかな。ケイさんってわりとゲームセンターの外で駄弁っている事が多いし(その理由はBGMが煩いからだそうな)。
もしかしたら外で駄弁っていたりなんて、期待を胸に自動扉を潜る。
どんぴしゃ、ケイさんはヨウさんと近くのセーフティフェンスに腰掛けていた。なにやらお喋りしているみたい。なんだか声を掛け辛い雰囲気を醸し出しているけれど…、忍び足で煙草の自販機陰に隠れた私は悪い事だと知りつつ、聞き耳を立てる。
ギリギリ聞こえる二人の会話。
「デートさえしねぇって」ちょっと気張り過ぎなんじゃね? ヨウさんの台詞からして、二人も私達自身の関係について話しているみたい。ケイさんは分かっているけれど、でもしょうがないのだと苦し紛れに笑った。
そのうち欲求不満を起こして彼女に逃げられるぞ、茶化すヨウさんの言葉を聞き流し、ケイさんは空を仰いだ。反射的に自販機に体を隠す私だけど、向こうは気付いていない。
「なあ、ヨウ。強くなるってどうすればいいのかな」
―…強くならないと俺、また過ちを犯しちまいそうな気がする。
消えそうな声だけど、私にはハッキリと聞こえた。
当然舎兄にも聞こえる音量だったから、肩を並べるヨウさんは台詞に瞠目。弾かれたように首を捻って、ただただケイさんの横顔を見つめている。「何言い出すんだよ」ちょっと動揺しているヨウさんは、ケイさんに悩みでもあるのかと声を掛ける。
ケイさんは“これ”が悩みなんだと苦笑い。
びっくりするくらいに弱々しい顔を作って、「俺の悩み。聞いてくれるか?」ヨウさんに相談を持ち掛けていた。
聞いてはいけないであろう彼の弱音と、見てはいけないであろうその姿。でも私は立ち去れず、盗み聞きという悪事を働かせる。
快諾するヨウさんは聞くに決まってるじゃねえか、何でも来いよ、明るく笑みを作ってケイさんの肩に手を置いた。
「サンキュ」やっと頬を崩すケイさんは自分の不安を舎兄に語り始める。
「俺、一度日賀野に人質を取られてお前を裏切りそうになっただろう? それがさ、またありそうな気がして怖いんだ。俺は俺を信じられないのかもしれない」
だって思うんだ。
利二の時のような大切な人を人質を取られてしまう、“あの時”のような場面に遭遇してしまったらどうすればいいんだろうって。
俺はさ。
喧嘩できないとか何とか理由をつけて…、今まで強くなることを避けてた。別の面で補えれば、それでいいんだって思ってた。
だけどさ、これからはそれじゃ駄目なんだって痛感してる。
俺はヨウの舎弟で名前も売れてるから…、知名度が上がった分、喧嘩売られる回数も増える。回数が増えたら、それだけ俺の周囲に危険が及ぶ。ヨウは俺の友達を守ってくれるって前に言ってくれたけど、俺もこれからは守られるじゃなくて守る方に回らないといけない。
弱いって自覚してる。
だから俺…、もしも日賀野にココロを人質に取られて、舎弟を迫られたら今度こそ…、そう思うと大切な人を作るって怖いと思った。この大変な時期に告白してよかったのか、今更ながら悩んでる。不安にさせるからココロには口が避けても言えないけどさ。
「ヨウ。俺はまた、お前を…、皆を裏切るかもしれない。もう裏切りたくないのに」
ザァアアっと吹き抜ける風は人工的なもの。
彼等の背後で行き交う車達が生み出した風。排気ガスが混じっているであろう、汚れた風を体いっぱいに受けてケイさんは他人事のように吐露する。初めて見るケイさんの弱い面に私は呆気取られた。負けず嫌いの調子ノリと称されているケイさんも、こんな表情もできるんだ。
「馬鹿じゃねぇか」間髪容れず、ヨウさんは容赦なく一蹴してブレザーのポケットに手を突っ込んだ。
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