五木利二の小さなお話
◇
「――利二〜〜〜! お前、ヨウから聞いたぞ。なに男前で馬鹿なことをしてくれちゃっているんだよ! たむろ場という名の戦場に自分から行って、ヨウと話すどころか喧嘩をしちまうなんて捨て身にも程があるだろ! 本気で俺を惚れさせるつもりか?! 俺が女だったらお前、絶対狙っちまうぜ! もう俺と結婚するか、なあ!」
「悪いが自分は女が好きだ。いつまでも好(よ)き友人でいよう」
「馬鹿たれ! 真面目に返事をするんじゃない! 俺だって女が大好きだっつーの!」
放課後。
学校に戻った俺は午後の授業を真面目に受け(ぎりぎり昼休みが終わる前に戻って来れた!)、帰りのSHRが終わるや利二の席に突撃した。
バンバンと机を叩きながら舎兄問題について詰問するけれど、
「落ち着け」
利二はいつもどおりの対応。
涼しい顔で手早く通学鞄に教科書やらノートやらをつめている。
「おい利二」
焦燥感を抱きながら声を掛けると、努めて冷静な利二が不機嫌そうな顔をして視線を投げてきた。
「べつに荒川と喧嘩をしたわけじゃない。少し文句を言っただけだ」
その、行為が、命知らずと言うんですよ利二さん!
喚いても相手の態度は変わらない。何処となく冷ややかに鼻を鳴らす。
「不良に文句を言ってはいけない法律が何処にある? 不良はそんなに偉い存在か?」
「お、お前は平和主義ジミニャーノだろ! かの有名な悪童のヨウに舎兄失格なんて……俺を庇ってくれちゃってさ。この男前! 地味のクセにやることカッコイイんだよ!」
「褒めてくれているのか、それ」
不機嫌から一変、相手がいつもの顔に戻る。
苦笑いを浮かべる利二は肩を竦めて、自分でもやらかしたと思っていると吐露。
けれど後悔はない、彼は言葉を重ねた。
「思ったことを言っただけだ。友人の疑いは聞いていて気分が悪い」
ヨウのことを思い出したらしく、また利二は不機嫌な面を作る。
俺のためとはいえ、ここまで機嫌を損ねている利二を見るのも初めてだ。
俺と喧嘩した時でさえ、こんな顔を作ったことはなかったのに……まずはお礼からかな? 疑惑を掛けられていた俺を庇ってくれたんだし、友達のために捨て身でヨウに物申してくれたんだ。
ここはやっぱり“ありがとう”という言葉が適切なんだと思う。
一つ、微苦笑を零して相手の首に出を回す。作業の手を止める友人に向かって思いっきり笑ってやった。
「ありがとうな。疑いを掛けられた俺を庇ってくれたんだろ? すっげぇ男前なことを言われたってヨウから聞いた。馬鹿だな、不良相手に……でも、ほんと、ありがとう」
間を置いて利二も綻ぶ。
「勝手なことをしただけだ」
そう言って、素直に礼を受け取ってはもらえなかった。
でも、どこかで気持ちは受け取ってくれたみたい。表情は限りなく柔らかい。
「田山、お前は裏切るような男じゃない。馬鹿のカッコつけだが、お前はそういう男じゃないんだ。それを知っているから、自分も不良相手にカッコつけてみたくなった。腹が立ったのは本当だしな」
「……利二」
「お前の努力は誰よりも陰から見守っているつもりだからな。自分のことのように腹が立った。こんなこと、学生生活で殆どなかったのに」
疑念を掛けられていると知ったその瞬間、頭に血がのぼってしまった。
別に殴られてもいい。傷付いたっていい。無様にやれてもいい。言いたいことをぶつけただけなんだと利二。
「勝手な事をした自覚はある。だからお礼なんて言われる覚えはないんだ。お前のカッコつけが感染ったのかもしれないな」
一呼吸置き、語り部は話を続ける。
「言っただろ田山。お前が不良と絡んでいても……不良になったとしても変わらず接してやると。お前がどんな目に遭ったとしても、自分は離れていかないさ。できることはしてやりたい。それくらいのカッコをつけても良いだろ?」
男気溢れた利二の言の葉に、ぐっと胸が締め付けられてしまう。
感極まって繰り返す呼吸に苦しさすら覚える。
なにより胸が熱い。
俺は健太との友情を切り捨てたばっかだ。
なおざりでも手放さなければならなかった友情に未練はたらたら。
傷はちっとも癒えていない。
癒える手段を見つけるスタートラインに立ったばっかだ。
だからってわけじゃないけど、利二の思いやってくれる気持ちがすごく嬉しい。発してくる言葉一つひとつが特効薬みたいに心痛を緩和する。
「さんきゅ」
振り絞るように出す声は教室の喧騒に溶け消えていく。
情けないことに上擦った声が出た。
体も、すこし震えた。それに気付かない振りをしてくれる利二は、「無茶だけはするなよ」俺の心身を案じてくれる。
「無茶をしたから体を壊したんだろ。無理だと思ったらいつでも逃げて来い。誰も咎めやしないから」
「あんま喜ばせるなって。俺、友情に関しちゃ涙もろいことを知っているだろ? そのうち、ほんとに逃げてくるぞ。おまけ付きで厄介事を運んでくるぞ?」
「いいさ。嫌ってほど厄介事に付き合ってやる。仕方ないからな」
「おっとこまえ過ぎ!」
涙目状態の俺はそれを悟られぬよう回している腕の力を強くする。
やっぱり利二は俺の心のオアシスだ。
話せば話すほど、荒れた心が癒えていく。俺に何があったか、その詳細は知らないだろうに、こうも親身に言ってくれる。
嬉しくないわけないだろ。なんかもう、俺が女だったら絶対狙っているのにな!
容姿普通だけど、性格は特上Sクラスだと思うぜ! 女子がどう思ってるかしんないけどさ! とにもかくにも利二との友情に乾杯なんだぜ!
苦しいと文句垂れてくる利二を解放して、「嬉しかった」俺は繰り返し礼を言った。
馬鹿で無茶な事をしたなって思うけど、利二が俺のために起こしてくれた行動は嬉しかった。それは本当の話。嬉しかったよ、利二。
忘れ物がないかチェックし、利二と共に人が疎らになった教室を出る。
利二とサシで話したかったから、ヨウ達には先に行っててもらった、の、だけれど、まさかの事態が発生。
「よっ、来たか」
なんと正門前に舎兄がいた。
どうやら俺を、いや“俺達”を待ってたみたいで、待ちくたびれたと微笑を向けてくる。あっ気取られる俺を余所に、利二は完全にスルー。
俺に「またな」と挨拶をして、さっさと不良の脇を通り過ぎた。
ちょ、利二、利二さん!
脇目も振らず不良を通り過ぎるなんてお前、どんだけ肝の据わった持ち主?! 平和をこよなく愛するジミニャーノのくせに、そんな強気の態度を取るなんて。
やっぱりお前はヨウを完全に避けちまっているだろ! ヨウも気付いているぞ、お前が避けていることに!
「ま、待てって利二」
俺の声には反応。
「また明日な」
言葉を返すのに、不良の視線は無視。無視。むーし!
ヨウと会いたくないっていうか……喋りたくないのか?
そりゃ面と向かって舎兄失格と言ったんだから、話し辛いのは分かるけどさ。
そこまで極端にヨウを無視しなくてもいいんじゃね?! イケメン不良くんをそんなにも無視したら日陰男子の俺達なんて女子達から猛抗議ものだぞおい!
慌てる俺とは対照的に、ヨウはやれやれと言わんばかりに肩を竦めると先にたむろ場に行ってくれるよう頼んできた。
サシで話したいらしい。
頼まれちゃ頷くしかないけど大丈夫かよ……ヨウと利二の奴。あいつ等は大切な友達だ。二人の仲に亀裂が走るのは気分的に宜しくない。
しかも舎兄問題が勃発しているわけだから、俺に関係ない話じゃなくて。
「ど……どーしよう。ちょ、俺、どーすればいい?」
つくねんと残された俺はチャリに跨ることもできず、後を追うヨウの背中と、先を歩く利二の背中をいつまでも見つめていた。
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