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09-17



土曜日、午後10時半。 

俺は気だるい体に鞭を打ってチャリを漕いでいた。


向かう先は係りつけの病院。

母さんに口喧しく病院に行くように言われたんだ。


熱で倒れるなんてよっぽどのことだから、もう一回体を診てもらうよう口酸っぱく言われ、渋々とチャリを漕いでいる。

圭太が熱で倒れるなんて嵐でもきそうじゃない、なんて失礼な事も言われた。ひでぇよな!


ただ本当に心配してくれていたらしく、仕事があるのにも関わらず、母さんは「車で送るわよ?」と申し出てくれた。


けれど母さんのパート出勤時間も押していたし、病院は近くだ。

チャリが漕げる程度に回復はしていたから、俺は遠慮して自力で病院に行く選択を取った。


とはいえ、やっぱり病院に行くのはだるい。ペダルが妙に重く感じる。なにより道のりが遠い。

今日は一日中、ゲームをしたり、漫画を読んだり、気持ちに整理付けたり……まったりした時間を過ごすつもりだったのに。

病院なんてかったるいよな。はぁーあ、こういう時、彼女とかいたらお見舞いとか来てくれるんだろうな……フッ、切ないぜ。

一度でいいから、彼女とやらに見舞いに来てもらいたいもんだよ。どーせ俺は彼女いない歴16年、凡人男子だよ。


軽く息をあげながら、住宅街を突き進んでいく。
土曜の午前はとても静かだ。学校が休みであろう小中学生は都会に遊びに行っているのか、はたまた昼過ぎから遊びに行くのか、姿が見受けられない。

時折スーツを纏った若い青年を見かける。

就活生かな? 大変だな、今の世の中は不況一色だから。
俺が就職する時には景気が回復しているといいな……その前に進学できるかどうかの問題があるけど。



「あ、あの……退いて……下さい」



反射的にブレーキをかける。
聞き覚えのある声音が鼓膜を打ったんだ。俺の勘違いでなければ、今の声は。

ぐるっと周囲を見渡す。
新築の一軒家が多い住宅街の中に見つける、緩やかな坂道の道端で身を小さくしている彼女を。山吹色のニットにブラウスを着ている私服姿の彼女を。

ぎゅっと服の端を掴んでいる彼女は不良に絡まれていた。
似合いもしない赤髪を揃えた二人組が執拗に彼女に言い寄っている。

ナンパではなく、「荒川とつるんでいるだろう」凄んでいるところからして、ヨウになんらかの私怨を抱いている輩と見た。


一光景に目の前が赤く染まる。
いても立ってもいられない衝動に駆られたのは、どうしてなのか。 

「よいしょっと」

俺はチャリを方向転換させると、気だるい体に鞭打ってチャリを全速力で漕ぐ。

背後から相手を轢いたのはそれから間もなくである。間の抜けた奇声をあげて一人が倒れた。すかさず、隣にいた相手の腹部に蹴りをお見舞いした。

勢いに任せて蹴ったのだから、それはそれは効いた筈だ。
片膝を折る不良に目もくれず、「ココロ!」立ちすくんでいる彼女に手を差し伸べた。


「乗れ! 早く!」


弾かれたように彼女が駆けて来る。
チャリの後ろに乗ったことを確認するとペダルを目一杯踏んでチャリを飛ばした。その際、しっかり掴まっておくよう注意事情を述べておく。

今回は最初から荒運転も荒運転でいくつもりだ。前のように優しく運転する余裕は持てない。


背後から怒号が聞こえた。後ろをチラ見すると根性で追って来る不良二人が。

俺のチャリのスピードについて来ようとするなんていい度胸だよ。見てろ。

ハンドルを右に切り、マンションと一軒家の間にできている細い道に飛び込む。
狭い通路を難なく過ぎり、屋外にある駐車場を斜めに横切って不良達の追って来れないであろう場所までチャリを飛ばした。

「キャッ」

揺れに揺れるチャリに悲鳴をココロが肩にしがみ付いてくる。その手はとても強く、華奢な体からは想像もつかない力だ。


それだけ恐怖しているのだろう。
早くこの状況を打破したい一心で、ただひたすらにチャリを漕ぐ。

微熱帯びている体が徐々に悲鳴を上げ、呼吸が忙しくなってきたけれど、構っていられない。

不良に捕まらないことだけを念頭に俺は人目のつきやすい大通りを目指した。

疎らだった人が次第次第に多く目に付き、少しずつチャリの速度を落としていく。

駅前広場まで来ればもう大丈夫だろう。
模様となっている舗道の敷石の上を通り、俺は広場でようやくチャリを止めた。

念のために不良達が追って来ていないかどうか確認……うん、大丈夫そうだな。もう安心だろう。

死にそうになっている体を叱咤し、俺は振り返ってもう大丈夫だと綻ぶ。


「大丈夫だったか。ここ……」


言葉は続かなかった。
大きな目を潤ませている彼女は泣きそう。いや、半泣き。いえいえ、泣く五秒前。

ま、待てココロ!
此処で泣かれるのはとても困るっ、俺が困る! 怖かったのは分かるのだけれど、でも泣かれてしまったら俺はどうしたらいいやら……お願い、涙腺の蛇口を閉めて下さいな!

アタフタと焦る情けない男を余所に、

「ケイさんっ」

嗚咽交じりの声を漏らしてココロが肩にしがみ付いてくる。 


おおおおおど、ど、どーしよう!
女の子が泣いているんだけど泣いちゃっているんだけど?! 寧ろ俺が泣きたいぃい! 俺は女の子にどう接すればいいんだぁああ!

経験の無い出来事に俺は困り果てた。

取り敢えず、気を落ち着かせるためにココロをチャリからおろして、

「もう大丈夫だよ」

優しく声を掛ける。
うんうんと頷いてはくれるけど、泣き止む気配ナッシング。本当に恐かったんだな……だよな。

俺だって不良は恐い。女の子のココロなら尚更だ。

しかも相手は二人掛かりで野郎だ。恐くない筈無いんだ。

それにココロ、小中学校はいじめられていたと言っていた。ゆえに複数で迫られる恐怖は計り知れなかったに違いない。

だから何度も言ってやる。「大丈夫、もう大丈夫だよ」と。

恐怖に震えて腕を掴んでくるココロを見下ろし、その手に手を重ねて俺は何度も繰り返す。大丈夫だよ。と。

俺に出来ることと言ったら、それくらいだ。

ココロの泣いている姿が、何だか悲しい。
ココロは泣いている顔より、笑っている顔の方が似合う、似合うよ。

ヨウがこういう時、いてくれたら良かったな。
ヨウだったらきっと、ココロを笑顔にできるのにな……ごめんな、ココロ。助けたのが俺で。ほんとごめん。

でも無事で良かったよ。君が無事で本当に良かった。それは嘘偽りない俺の本音。




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あきゅろす。
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