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09-15



「――おぇっ、気分悪っ。まだ胃がムッカムカする。胃液も残ってないっつーの。あははっ、もうダメだぁ、田山圭太お陀仏っす。ついにお迎えきちまったな圭太! ……あぁーあシンドイ。馬鹿はもうやめよう」


「け……ケイ。マジ大丈夫か? テンションおかしいぞ」

「……ケイ……無理するな」


「あ、大丈夫だいじょうぶ。なんか熱で頭やられてるだけだから。それに、もうまったく吐く物はないから部屋は汚さないって……そっか、みんな、心配してくれているんだな」


無事にトイレから生還したケイはベッドに横たわり、ヨウとシズに視線を投げていた。

部屋には三人しかいない。
浩介は空気を読んで居間に待機してくれたのだ。

こういう時、空気を読んでくれる弟がいると助かるものだと思う。

「寝ながらごめん」

眉を下げるケイは詫びを口にする。
本当は上体を起こしたいらしいのだが、二人が全力でそれを止めた。

寝かせておく方がケイの体に負担が掛からないと踏んだからだ。
先ほどの騒動を目の当たりにしているのだ。起きて話せという方が酷だろう。

繰り返し謝罪をしてくるケイは、元気になったら皆に詫びると約束を結んできた。チームに迷惑を掛けたと思っているのだろう。

しかしこれは事故であり、仕方のない出来事だ。
事情は自分達で説明しておく旨を伝え、安心するように言い聞かせる。皆もきっと分かってくれるだろう。

「悪かったな、ケイ。押し掛けちまって。入院……しそうって聞いたんだけど」

なるべく相手を刺激しないように気を付けながら、ヨウが舎弟をチラ見する。病人はおかしそうに笑った。

「浩介から聞いただろそれ? 大丈夫、あれは母さんが大袈裟に言っているだけだよ。高熱が続くから検査入院を考えているんだろうけど……熱は八度まで下がったから。今週はちょっと無理そうだけど来週には学校行けると思う。チームにも顔を出せそうだよ」

だから心配しないでくれよ、ケイが柔和に頬を崩す。ヨウは決まり悪く頭部を掻いた。

「あんまこっちのことは気にすんなって。元気になって顔を出してくれたら、それでいいから。暫くはチームのことを考えなくてもいいんだぜ? 俺とシズで頑張るし。なあ?」

「……ああ。お前は、来たい時に、来ればいい」

ケイの笑みが深くなる。
軽く首を振り、「気遣ってくれてありがとう」でも、逃げても一緒だから。舎弟は熱っぽく息を吐いた。

「その様子じゃ皆、健太のことを知ったんだろう? 色々余計な気ィ遣わせちゃったな」

荒呼吸を動作を繰り返すケイは、熱が下がれば何もかも立ち直れると微笑して見せた。健太のことは諦める。そう付け足して。

「俺はヨウ達のチームだ。俺はヨウ達を選んだ。そして向こうも日賀野達を選んだ。どーしょーもないし、これは俺自身の問題。チームには関係のない話だ。それより、日賀野達をどうするか考えないとな」

「ケイ……」


「リーダー、そんな顔するなよ。俺は……もう大丈夫だから。ヨウに散々弱音も聞いてもらったし、吐くもん吐いたし、もう大丈夫だよ。言ったろ? 何があっても最後まで俺は舎兄についていくって」


ケイは、また自分達に気遣いを見せた。

ヨウは意表を突かれる。一番傷付いているのはケイではないか。

なのに自分達に気遣うなんて……嗚呼、そうか。
これが五木利二の言う『筋金入りのカッコ付け馬鹿』な面か。無理をしているのか。自分達のために、そして自分自身のために。

己に言い聞かせているのか。今の現実を諦めるように。

必死に言い聞かせて、自分達の友情を守ろうとしているのか。目前の舎弟は。舎弟は弱さを隠そうとすると同時に優しいのだ。

弱さと優しさは違う。
舎弟は並々ならぬ優しさを持っている。人を気遣える優しさを持っている。

そんな舎弟に自分は疑念を抱いてしまったのか。申し訳も立たない。


「ヨウ。俺はな、改めてお前の舎弟に選ばれたあの日から、心に決めているんだ。お前を信じるって。俺はお前を信じて、最後までついていくよ」


信じる。
それは簡単で重たい言の葉だ。

誰より辛いのは舎弟なのに……舎弟はいつの日も、自分に告げてくれた。最後までついていくと断言してくれていた。

しかし自分は一件でどういう態度を取った?
自分は舎弟を理解していなかった。本当の意味で彼に信用を置いてなかったのは自分だったのだ。
何が舎兄だ。心の底から舎弟を信用してない舎兄が、どこにいるのだ。


「治して、また顔出すから、今日は……来てくれてサンキュ。嬉しかった」


帰り際、ケイは礼を言ってきた。
見送りに来られない分、自室のベッドから自分に向かって礼を言葉に表してくれた。

「ああ、そうだ。ヨウ、あの時、言えなかったけど……俺の弱音を聞いてくれてサンキュ」

その礼を素直に受け取れずにいたヨウは、たむろ場に向かいながらひたすら考えていた。舎弟のことを。

喧嘩はできずとも自分の足になると明言した舎弟。
自分の力になると言ってくれた舎弟に、自分は何ができる? 何をしてやれる? まず舎兄とはなんだろう?

舎弟は舎兄の支えだろう。ケイがそういう役割をしているのだから。では舎兄は?


(あ、響子とキヨタとココロの伝言。伝え忘れちまった。ココロの伝言を聞けば、あいつ、少しは元気になったんじゃね? シクッたな)


ヨウは舌打ちを鳴らす。

ケイには体だけじゃなくて心も元気になってもらいたいものだが……自分も舎弟を支えられるような存在でありたいな、とヨウは切に思う。

舎弟に背中を預けている自分だが、自分もまた舎弟の背中を受け持ちたい。

そこでヨウは気付いた。
今、一方的に自分が舎弟に背中を預けている側なのだ。逆に自分が舎弟の背中を預けられた時など……あっただろうか? と。



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あきゅろす。
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