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09-03



こうしてこいつと仲良く出来ているのは、俺がヨウの舎弟になったから。

でも健太との友情を切り捨てることになった原因もまた、俺がヨウの舎弟になったから。どちらの友情が大切なのか? 問われたら、俺は即答するだろう。

どっちも大切だと。

だからこそ健太と交わした絶交宣言は堪えた。

もう撤回できない、俺と健太の絶交宣言。元に戻れない関係はまるで硝子のよう。一度割れてしまったら、修復することは不可能。


「なあ、ケイ……弥生から聞いたんだけどお前、向こうのチームにダチがいたんだって?」


話を切り出してきたのはヨウだった。
やっぱりヨウは弥生達に話を聞いていたようで、極力俺が傷付かないよう、遠慮がちに尋ねてくる。

真っ直ぐ舎兄を見つめ返し、へらりと力なく口角を持ち上げて答えた。「いないよ」と。

自分でも驚くくらいに疲れ切った声を出していた。

向こうの戸惑いが伝わってくる。泣き笑いを零して、「いないんだ」向こうのチームに友人なんていない。しっかりと明言する。

「けどよ。ケイ」

物言いたげなヨウに、「絶交してきたんだ」だからもういない、虚勢を張ってみせる。


「だから気遣わなくていいよヨウ。泣いてなんだけど……これは俺とあいつで決めたことなんだから。ほんっと、あいつ、何しているんだろ。日賀野チームにいるわ、地味から不良になっているわ、俺を呼び出してくれるわ、川に突き飛ばすわ、えらい目に遭わせてくれるわ。母さんに制服、なんて言い訳すりゃいいんだろ。ほんっと後先考えずにやってくれやがる。言い訳するのは俺なのにさ、制服、どうしてくれるんだろ。ほんと。三年間使うのに」


饒舌になる俺の口から笑声が零れる。
しかも、次から次に言葉が出てくるのはもっぱら制服の文句。
あれ、どうしたんだろう? こんなことどうでもいいのに。なんで制服のことばかり心配しているんだろう。

「俺は、次ぎ会ったら健太を潰す。覚悟を決めないといけない」

「もういいケイ。いいから」

焦燥感を滲ませた声音でヨウに制される。
首に腕を回してくる舎兄が、「悪い」ほんとに悪いと眉根を下げて謝罪してきた。

なんでヨウが謝るんだよ。

寧ろヨウには感謝の気持ちをぶつけたいんだぜ。
そりゃ面白がって俺を舎弟にしたはヨウだけど、この状況になったのはヨウのせいじゃない。今だから思える、俺はヨウの舎弟になって良かった。ヨウ達と友達になれて良かった。チームの皆は気のいい奴等ばっかりだ。俺はあいつ等に出会えて良かった。

健太のことは仕方が無かったんだ。
こうするしか他に方法が無かったんだ。

お互いに今の居場所を譲れないから、仕方が無かったんだよ。兄貴。

「俺はヨウ達が大事で、健太は日賀野達が大切なんだ。なら、選ぶ道は一つしかない。それだけなんだ。あいつとは中学からの付き合いで仲も良かったけど、俺もあいつも昔より今の居場所を選んだんだ。だから良かったんだ。これでっ、これで」

声が震える。
決意すら打ち砕く、情けない声に泣きたくなった。どうしょうもなく惨めな気分だ。カッコ悪い。


「けど……お前にとって大事なダチだったんだろう?」


くしゃりと顔を歪めてしまう。これが俺の答えだ。
「これで良かったんだ」繰り返して、鼻を啜る。

「大切なのは今だからっ、これでいい……なあ、ヨウ。俺達の判断は正しかったんだよな? お願いだからそう言ってくれ。じゃないと俺も健太も救われねぇや」

「ケイ……」

「間違いじゃ……救われないんだ。ヨウ、嘘でもいい。正しいと言ってくれないか?」

嗚呼また目から。
これじゃあ、ヨウに八つ当たりをしているのも同じじゃないか。ほら、あんなにもヨウが困っている。困っているから。

なのに俺はヨウに当っている。
正しいのその一言が欲しくて、不良に答えを求めている。

ヨウは追試の勉強をしなきゃなんねぇのに。俺に構っている時間なんてないのに……どうして俺はこんなにも弱いんだろう。誰かに答えを求めるなんて女々しいぞ、俺。

「わからねぇ」

ヨウが返事した。それは俺の求めている答えとは異なった、率直な返事だ。
のろのろ相手と視線を合わせると、「俺が安易に出していい答えじゃねぇ」なによりお前等の関係柄を詳しく知らない。だから分からないのだとはっきり告げてくる。

優しいのか、優しくないのか、分からない奴だな、お前。


「だけど、これだけは言える」


ヨウが首に回している腕の力を強くする。
すっかり冷えてしまった夜の風を頬で受け止め、金髪赤メッシュを靡かせる不良は醜い泣きっ面を作っている舎兄に視線を投げて力強く笑った。

「テメェの弱さはいつだって受け止められる。言いたいことは言えよケイ。ダチってそういうもんだろ? 心配じゃなくて迷惑を掛けろ舎弟」

視界が揺れる。


「チームの迷惑を考えて、テメェは自分の本音を出し切ってねぇ。ケイの気遣いは分かる。けどさ、俺は素のテメェがいい。遠慮すんじゃねぇよ、言いたいことは言え。遠慮ばっかりされると、こっちも寂しいんだよ」


弱音ばかり吐く女々しい俺の気持ちを咎めることもなく、寧ろヨウは一線を引こうとする俺の中の線を消しに掛かった。

どうしてそんなにカッコイイことばっか言うんだよ、俺の舎兄は。イケメンだと言葉もより一層、カッコよく聞こえる。羨ましいな、ほんとに羨ましいな。俺もイケメンに生まれたかったよ。

忙しなく肩を上下に動かし、思い出したかのように落涙が始まる。俺の虚勢は脆くも剥がれ落ちてしまった。


「つらいっ、ヨウ。どうすりゃいいんだっ、おれっ……健太と対立したくない。あいつと絶交したくなかった。あいつを潰すことも、潰されることも怖い。憎まれることが怖いんだ」


本当は絶交なんてしたくなかったんだ。ずっとずっとずーっと健太と友達でいたかったんだ。なんで絶交しちゃったんだろ、俺等。

堰切ったように本音を吐き出す俺に、「そうだな」ヨウは言葉一つ一つに丁寧に相槌を打ってくれた。その優しさが身に沁みて、また俺は目から雫を零す。

夜風に当たりながら、ヨウの優しさを噛み締め、馬鹿みたいに涙を零す俺がいた。




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