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中学生メモリアル




「――なあ、ごめんけど、ちょっと名前を見たいから生徒手帳を見せてくれよ」



あれは中学校に入学した二日後のことだったか。
真新しい制服に袖を通して殆ど日が経っていない休み時間に、俺は一つの出逢いをした。

自席に着いて暇を弄ばせていた俺のところに一人の男子生徒が声を掛けてくれた。それが山田健太。俺と同じ匂いのする地味っ子くんだった。

声を掛けられた時はしごく緊張したのを覚えている。


入学して二日。
その間、小学校から持ち上がりで中学に進学した友達とばっかり話していたから、他校から来た生徒と喋るのはこれが初めてだったんだ。

俺達の中学校は二小学校が合併する形で成り立っていた。


「俺の名前? いいよ」


相手の要求を呑み、名前を見せるために新品の生徒手帳を机上に置いた。

覗き込むように手帳を見つめるそいつは俺の名前を口に出して笑った。いたって普通の名前だと思うのに、どうして笑われたのか。
疑問符を頭上に浮かべていると、相手も新品の生徒手帳を並べるように机上に置く。

山田 健太。
それがそいつの名前。どこにでもありそうな、普通の名前だった。二つの生徒手帳を見比べて、そいつは指摘する。


「さっきのHRでやった自己紹介の時、お前の名前を聞いてさ。なんか、おれと似てるなーって思ったんだ。こうして比較してみるとおれ達って苗字が反対で名前が一文字違いじゃね?」

「あ、そういやそうかも。へぇ、こんな偶然もあるんだな。“けいた”に“けんた”か。名前までソックリだな、オモシレェ」


“田山 圭太”

“山田 健太”


健太の笑った意味を理解した俺もつられて笑う。似ている、ほんっと似ているな。俺達の名前。俺等は自分達の名前を見比べ、ありきたりな会話で盛り上がった。


これが俺と健太の出逢い話。
大した出逢い話じゃないけれど、俺と健太にとっちゃ大事な出逢い話だ。

小さな契機から友達になることができた俺等は、いつの間にか誰よりも仲良くなっていた。

学校じゃゲームや漫画の話をしたり、地味くんはつくづく日向男子の株を上げる助けをしているのだと嘆いたり、どちらが彼女ができるのかについて語ったり。

でもどっちにもできないんじゃないかと笑い話にしたり。

プライベートじゃ流行っているテレビゲームをした。お互いの好きなCDを聴き合った。近場にも遠出にも遊びに行った。
俺の家に泊まりに来てくれたし、俺も泊まりに行ったこともあった。

俺等は特別に仲が良かった。名前の効力かもしれないけど、とにかく仲が良かった。

一理、偶然にも偶然、三年間同じクラスメートになったことも要因として挙げられると思う。

だから別々の高校に通うと決めた時には、とても少し寂しい気持ちを抱いた。
一度は同じ高校に通うことも視野に入れていたけれど、程ほどにレベルのある普通科を選択した俺に対して健太は工業科のある高校を選択していたんだ。同じ高校には通えそうに無かった。

将来のことを考えての選択肢だとは言え、別々の高校に通うことは気鬱だった。

これ以上にないほど、俺は健太と仲が良かったのだから。
それは健太も同じみたいで「一緒の高校に通いたかったぜ」愚痴を零していた。俺も心底同意する。

「健太がいないのか。寂しくなるな……あーあ、田山田(たやまだ)解散か」

「違うって。山田山(やまださん)だろ。田山より、山田の方が王道だぞ。名前的に」

「あ、ってことは、田山は茨道か? それ、全国の田山さんに喧嘩を売る発言だって」

本当のことじゃないか。

健太は笑声を上げて、自分の名前の方がメジャーだと主張した。事実、この日本国は田山より山田の方が多いと意気揚々に綻ぶ健太。

言い返せない事実に不貞腐れ顔を作りつつ、「それでも田山田だからな」大人気なく主張していた俺。
本当にくだらないことで張り合い、笑い、馬鹿して楽しんでいた。

そんな俺達の間で約束を交わす。高校に進学してもちょくちょく会おうな。なんてことのない内容の約束だった。

別々の高校を選んだけど俺等だけど、いつだって会える距離にいる。会おうと思えば会える。中学みたいに遊ぶ機会は少なくなるけど、俺達の関係はきっと変わらない。

そう信じて約束を交わした。


―――進学しても会おうな。


思い出に浸っていた場面がテレビのチャンネルを換えられたように入れ替わる。

それは和気藹々としていた中学時代から、今生きる高校時代。
人の胸倉を掴んでくるダークブラウン色に髪を染めた不良が、体を震わせて懇願している。


絶交、憎む、圭太を潰すのはおれだ。今までサンキュ。


沢山の言葉を手向けて、人を川に落とした。瞼を閉じれば水音が鮮明に蘇る。

夕陽が射し込む水の中、人肌より冷たい川の水が俺を包んだ。綺麗とは言いがたい水を飲み、溺れるんじゃないかと恐怖しながら岸に這い上がった。

その時にはもう、健太の姿はそこになく、あいつとの関係に終止符が打たれたことを意味していた。


ひでぇの。絶交だけでなく、俺を川に突き落とすだなんて。

おかげで体が冷え切ったじゃないか。しかもこのナリ。母さんになんて説明すりゃいいんだよ、この制服の始末。責任取れよ、馬鹿。



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