08-05
「あ……あの、まず皆さんのテストで間違えたところを、ノートかルーズリーフかに写してみてはどうでしょう?」
ついに見かねたココロがおずおずと案を出した。
追試は基本的に定期試験と似たような問題が出る。
だから、テストで間違えたところを重点的にやれば点数が取れるんじゃないか。
ココロはそう思ったらしい。
なるほどな、それはいい考えかも。問題をノートに写すだけでも、結構勉強になるしな。
「それでいくか」
ヨウは助言をくれたココロに礼を言った。
彼女は嬉しそうに笑みを返す。それは文字通り、花咲く笑顔だ。柔らかい眦に見蕩れてしまう。
恍惚に彼女の横顔を見つめていた俺は、ふっと我に返ってぎこちなく視線を逸らす。
軽くかぶりを振って気持ちを霧散した。
ココロはヨウのことが好きだ。
明言したわけではないけれど、以前、彼女はヨウに憧れを抱いていると教えてくれた。羨望を語る表情は確かに好意を滲ませていた。
その表情で確信してしまう。
ココロはヨウが好きだ。好きだからヨウに礼を告げられて、あんなに嬉しそうな表情を浮かべた。
いたって普通の少女の見せる笑顔、それは俺の心を捉えるのに充分すぎるものだ。
こんなことを考えている時点で、俺は自分の感情に変化が訪れているのだと理解してしまう。
そう、最近の俺は彼女を無意識の内に見ている。何かとココロのことを考えている。目で追ってしまう。ココロとは、ただのチームメートで、同じ地味だから親近感を抱いているだけ。
なのに、なんだか妙に意識している俺がいるだなんて。
(調子が狂う)
ガリガリと頭部を掻いて気持ちを誤魔化す。些少の変化は受け入れそうにないや。
「あ、やべ。ノートもルーズリーフも持ってねえ」
ココロの提案を素直に受け入れたヨウは困ったと頬を掻いた。
なあにが困っただよお前。
いつもロッカーに置き勉しているじゃんかよ。今日はたまたま数冊、教科書を鞄の中に入れているみたいだけどさ。普段はノートすら持って来てねぇだろうよ。
溜息をつく俺を余所に、他の面子もノートやルーズリーフは持っていないようだ。これじゃあ勉強うんぬんかんぬんどころじゃない。
追試組ってつくづく世話を焼かすよな。
ルーズリーフをあげたいところだけど生憎、俺はノート派だ。響子さんやハジメも持っていないようだし。
中学生組に聞くにも奴等は不在。
何故なら勉強の邪魔になるからだ。高校レベルの勉強をあいつ等が見てやれるわけがない。かといって此処にいても、俺達に話しかけて邪魔するだけ。
なら少しばかり外に出てもらおうと響子さんが二人に日賀野チームの偵察を頼んだ。
これは一石二鳥だ。
勉強の邪魔をしないプラス、日賀野達の様子を探ってもらえるのだから。偵察を怠ったら後で痛い目に遭うだろう。喰えないチームだから仕掛けてくるか……。
「私がルーズリーフを買ってきますよ。ついでに何か食べる物を買って来ます。飲み物と一緒に。根詰めて勉強をしても頭が疲れちゃいますから。それまで間違えたところを教科書で確かめて、アンダーラインでも引いておいて下さい。それだけでも勉強になります」
思案をめぐらせているとココロがまた案を出した。
お金は後で徴収するからと微笑む彼女に異論はないけれど……ひとりで行くつもりなのだろうか? 優しい彼女のことだから、きっと全員分のお菓子と飲み物を買ってくるつもりだろう。
目と鼻の先にスーパーはあるけれど、あそこのスーパーは寂れていて文具は置いていない。
だから少し遠出して文具屋に足を運ばなければいけないだろう。
非力な彼女に大荷物を持たせる上に、歩かせるのは大変申し訳ない気分になる。
「なあココロ」
感情よりも先に口が動いた。
キョトンとこっちを見つめてくる彼女に、「俺も行くよ」ついて行くと自己申告する。
驚く彼女がとんでもない。ひとりでも大丈夫だと遠慮してくるけど、
「いいじゃねえか」
響子さんが意味深に笑みを浮かべつつ、俺を親指でさした。
「ココロ、一人じゃ大変だろ? ケイと一緒に行け。こいつならチャリぶっ飛ばしてくれるだろうから、楽チンだ」
「で……でも申し訳ないですし。私、重いですから」
ぶんぶんとかぶりを振る彼女に、思わず笑ってしまう。
「そんなことないよ。いつもココロよりも体の大きいヨウを乗せているんだから。ココロさえ良ければ、俺も一緒に行くよ。一人じゃ大変だろ? あのスーパー、文具は置いてなかったから少し歩くことになるしさ」
「ですけど」
「あ、もしかして二人乗りは恐い?」
「い、いえ! その、ケイさんを疲れさせる気がしちゃって。あの……私、本当に乗っても良いんでしょうか?」
畏まって聞かれるとむず痒いや。本当になんてことのないことを、しようとしているだけなのに。
うんっと頷いて笑顔で返事する。
するとココロがヨウに見せた、あの笑顔を俺に向けてくれる。
それはヨウ以上に柔らかい笑顔。錯覚かもしれない。偏見かもしれない。気のせいなのかもしれない。
けれど確かに、俺の視界に映る彼女の笑顔は花開いていた。
満開の花を見ている気分だ。知らず知らずのうちに俺も笑みを零してしまう。
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