07-18
「モト、お前だってそうだろ? 尊敬しているヨウが仮にお前の舎兄になっても、ならなくても今の関係は崩れない。そう思わないか? あいつ、舎兄弟だからって贔屓目することもねぇし。贔屓目にしていたらチームのリーダーなんかに選ばれないよ」
モトから視線を外し、アクエリの入ったペットボトルを傾ける。
容器の中で気泡が生まれ、瞬く間に消えた。
「ヨウとは成り行きで舎兄弟になった。あいつ自身の思いつきに嘆いたこともあったけど、俺はヨウに幾度も助けられた。気の合う奴だとも思った。だから、あいつの助けになりたい。最後まであいつを信じてついて行きたいんだ」
ペットボトルを見つめる。半透明の液体越しに屈折する日射が眩しい。
「ま、舎弟を本当に下ろされる日が来たら、その時は新舎弟と一戦交えようと思う。旧舎弟の意地を見せてさ。ああ、喧嘩じゃなくてチャリでな。俺、喧嘩は無理だから」
苦笑いをひとつ零し、「チャリだったら負けねぇから」真の舎弟になりたかったら、チャリで俺を認めさせるんだな。
素っ気無くモトに宣戦布告しておくことにする。意地くらいは見せないとな。旧舎弟の意地って奴をさ。
静寂が訪れる。
これ以上、会話することもないと悟った俺は踵返した。
「先にたむろ場に戻るからな」
一言声を掛けて、足を踏み出す。
しっかり腕を掴まれ、それは叶わなくなった。
「モト?」
訝しげに視線を送ると、掻っ攫うように手中のペットボトルを奪われた。そのままボトルを傾けて半分ほど一気飲みされる。お、俺のアクエリ……半分以上無くなってらぁ。金返せよ。
ショックを受けている俺を余所に、取り纏わせていた怒気を霧散させ、モトはどこか晴れた顔を作る。
「アンタ。意外と器でかいな。何だかんだで周囲に認められる理由も、少し分かる気がする。アンタはワタルさんにも、響子さんにも、弥生にも……他の皆にも……ヨウさん自身にも認められている。ちっさいことに囚われてたのは、オレなのかもな」
「モト?」
「ヨウさん尊敬するあまりに、周りが、それこそヨウさん自身が見えてなかったんだな。オレ。どっかでヨウさんを信じられなかった。なっさけねぇな、オレ! あーヤになるぜ!」
口元を手の甲で拭うとペットボトルを押し返してきた。
俺のアクエリ……ちっとしか飲んでいないのに。
三点リーダーを頭上に浮かべて恨めしい気持ちを噛み締めていると、「ケイ」モトが一笑を零した。稀に見る純粋な笑顔だ。
「キヨタ、ああ言ってるけど、オレ、アン「ほぉー。プレインボーイ、舎弟下ろされたのか?」
ギクッ!
こ、こ、こ、この呼び名は。
俺のトラウマ魂が揺さぶられる。
全身から汗を噴き出す俺に対し、モトはまさか……と、ぎこちなく振り返った。
民家の塀に腰掛けてガムを噛んでいる青メッシュ不良に俺は大泣きしたくなる。また出たよぉおおおお! 日賀野大和! 俺のトラウマ! 俺を執拗に舎弟に勧誘し来る最低不良さま! ジャイアン日賀野!
どっから現れたんだよ、あんた! 神出鬼没もいいところだって!
ブルッと身震いする俺は此処が自販機前だと思い出し、もっと身震い。
やばい、本気で体が震えてきた。
俺が以前、日賀野にフルボッコされた場所って自販機前だったんだよ。あの時の思い出が鮮明に蘇ってくる。
嗚呼チクショウ、これを日賀野不良症候群と名付けよう! なんて……馬鹿なこと思っている場合じゃない。
「や……ヤマトさん。なんで此処に」
「久しぶりだな。荒川の飼い犬。相変わらずキャンキャン吠えてるみてぇだな」
「犬じゃない!」モトは全否定するけど、俺も犬だと思うよ。ヨウへの忠誠心、凄まじいしな。
「プレインボーイ。舎弟解雇オメデトウ」
「あ、ありがとうございます! おかげさまで解雇されちゃいました」
てへてへと笑って頭部を掻く俺の乱心っぷりに、「しっかりしろって!」焦燥感を抱いたモトに喝破されてしまう。
どうにか我に返れたけれど、動揺は凄まじい。
駄目だ、ほんっと日賀野大和だけは無理、俺のトラウマだよ。顔を見るだけで恐怖心が込み上げてくる。
大体、なんでこんなところにいるんだよ、ニッタァと嫌みったらしく笑う日賀野を見上げる。
もう、日賀野に俺達の新しいたむろ場がばれたのだろうか? 情報通とは聞いていたけれど、真実ならさすがだよ。
「この周辺に場所を移したと噂を聞いて、偵察ついでにほっつき歩いてみれば、見事にビンゴ。しかもプレインボーイが舎弟解雇されているなんざ、面白い情報を手に入れた。どうだ、プレインボーイ。単細胞生物から斬り捨てられたんだろう? 俺のところに来ないか?」
「お、俺は斬り捨てられたわけじゃないですよ」
「同じ意味だろ。貴様の持つチャリの腕前や土地勘は、俺のようなアタマを使う人間じゃないと才能を発揮できないんだよ。俺ならお前を上手く使ってやる」
くつくつ喉で笑う日賀野は、「俺の舎弟条件は力だけじゃねぇ」持っている潜在能力まで計算に入れるのだと、口角を持ち上げる。
「それができない無能な舎兄は手前から斬り捨てるべきだぜ。プレインボーイ。不必要とされているチームに身を置いてなんに得がある? 荒川のところにいてもせいぜい捨て駒程度じゃねえか……おっとその顔はノーか? まあまあ、ゆっくり考えてみよーぜ? いい返事を期待している」
言うや否や日賀野は親指と人差し指で輪を作り、つんざくような指笛を鳴らす。
甲高い指笛は周辺に響き渡り、同時にそれが合図だったのか、俺達の来た方向と反対側の方向、各々数人の不良らしき集団が姿を現す。
日賀野はひとりでここら一帯を偵察していたわけじゃないようだ。徹底した念の入れようだ。
しかもモト曰く、日賀野の直接的な仲間じゃないらしい。どうやら協定を結んだ不良達の一角のようだ。
卑怯だ、自分の仲間じゃなくて協定を結んだ不良を使うなんて。
この不良達はヨウやワタルさんに個人的な恨みがあるらしく、同チームにいる俺等に敵意剥き出し。日賀野は私怨を使って協定を結んだんだな。
クソッ、ヨウ達がたむろっている場所まで目と鼻の先だってのに。
と、モトが俺の手首を掴んで不良達の集団に突っ込んだ。
モトは集団の中でも薄い壁になっている場所に不意を突く。おかげで俺達は不良達の集団を抜け出すことに成功することができた。
だけど、ヨウ達のいる場所とは反対方向に出てしまう。
応援を呼びたいところだけど、とにもかくにも逃げる事が先決だな。モトにアイコンタクトを取り、俺達はスタートダッシュからフルスピードで駆けた。
「お手並み拝見させてもらうぜ、プレインボーイ。ゲームを盛り上げてくれよ」
ニヤつく日賀野の言葉なんて、勿論俺達の耳には入らない――。
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