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05-32



美術室を覗き込むと部員らしき男女が数人、キャンバスに絵の具を塗りたくっていた。独特のニオイが何とも言えない。俺は好きになれそうになれないな。

部員達が部活をしている中、ひとりだけ上の空になって窓の向こうの景色を見ている奴がいた。透だ。良かった、部活に来てた。

俺は部員のひとりに声を掛けて、透を呼んでもらうように頼んだ。

透は俺の登場に驚いていたみたいだけど、重たそうな腰を上げて、俺のもとに直ぐ来てくれた。

俺と傍にいるヨウの姿に、透はどっか決まり悪そうな顔を作っている。
そんな透を廊下に連れ出して、俺は取り戻した三冊のスケッチブックを差し出す。

「え……」

目を見開く透に俺は肩を竦めた。ヨウは気遣ってくれてるのか、少し離れた場所で携帯を弄るフリして視界に入れないようにしてた。

「拾ったから届けに来た。これ、お前のだろ? 大事なモンなんだろ? 中の絵、一枚だけ汚れてるけど他は無事だから」

「拾ったって……でも、これ……これ……」 

上擦った声を出す透の手にスケッチブックを押し付ける。

「拾ったんだ」

繰り返しくりかえし伝えれば、透の目からボロッと涙が零れた。ブレザーで目元を擦るけど、涙が止まらないのか次から次に涙が落ちていく。

「ありがと。ごめん」

蚊の鳴くような声で礼と詫びを口にしてくる透は、俺に何か言いたいみたいだけど何を言えばいいのか分からないみたいだ。

正直、何も言わなくていいって思っているんだ。俺は。

だから笑ってやる。

「泣くなって。これで解決しただろ? も、なーんも心配ねぇんだからな」 

透と、少しだけ距離を感じた今日の出来事。
それはスッゲェ寂しくて、スッゲェ違和感があって、スッゲェ虚しい気分になった。

しょーがないよな、俺、不良とつるんでいるんだ。一緒にいる時間が減ったなら、距離ができることだってあるし、ソイツの知らない面だって出てくるし、前まで無かった“疑われる”ことだってある。

正直、疑われた時は腹も立ったよ。なんで疑うんだ。俺の性格知っているだろ。ってさ。

だけどやっぱりお前といる時間はそれなりに長かったんだ。これからもそれなりに付き合っていきたい。同じ地味仲間としてさ。

そう思うのは俺の我が儘かもしんねぇけど、少なくとも透から詫びとか礼とか、そういう言葉を口にして欲しくないんだ。聞きたくも無い。むず痒いというか、ハズイ。言わなくても分かっているから。

だからな、透。
お前が俺達にしてくれたことも礼を言わなくていいかな。

生徒会にチクれば先輩不良たちに何されるか、バカでも分かることを、恐怖が無かったわけじゃないだろうに、俺達のためにお前のしてくれた行動に、礼、言わなくていいかな。

面向かって礼を言うのは照れくさいし、お前だったら言わなくても分かってくれると思う。

「今日のことはおわりだ。な?」

その言葉に、透は何度もなんども頷いた。


明日からの俺との関係が不安だったのか(実を言えば俺もかなり不安だった)、それとも今日のことがよっぽど悔しかったのか(ボコされた気持ち、すっごく分かる。一方的に負けるって悔しいもんな)、廊下だってことも忘れて感情を吐き出し始める。俺は苦笑いを浮かべて背中を叩く。


なあ、透。


昼休み(さっき)は以心伝心できなかった俺等だけど、きっと今はできていると信じている。信じているよ。

だから礼も詫びもイラナイし、逆に俺も何も言わない。そう思ってもいいだろ、なぁ透。



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