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05-30




――生徒会室から出ても寒気は止まらなかった。寒気、というよりもこれは悪寒だ。



ヒリヒリ、ピリピリする左肩をそっと触りながら、俺はワタルさんに視線を向ける。

ワタルさん自身も寒気、というか相手の嫌な空気を感じ取ったようだ。肩を竦めておどけては見せるけれど表情に余裕は無かった。


そう、だよな。

この肩の怪我、知っているのはワタルさんと、負わせた先輩不良だけだもんな。なんで知っているんだよ。気味悪いな。

黙然と佇んでいたら、ワタルさんが「考えてもしょーがない」声を掛けてくれた。何気ない言葉が心を軽くする。

俺は苦笑いを浮かべて頷いた。そうだよな、考えてもしょーがないよな。

「ま、とにかく、ケイちゃーん行こうか。病院に。生徒会長の言ったとおり、今日中がケイちゃーんのためだろうし。保険証ある?」

「すみません。保険証は常に財布に入れてあります」

「オーケー。んじゃ、レッツゴーん」

「まさか、このままトンズラできると思ってンのか。テメェ等」

カチンと俺とワタルさんは固まった。 

ぎこちなく振り返れば、不機嫌そうに腕組みをしている舎兄と、呆れているハジメと、溜息をついている弥生。計三名が後ろに立っていた。

そうでした、あなた方の存在をすっかり忘れていました。是非とも忘れていたかったです。

「トンズラだなんてやっだなぁ」

ワタルさんは俺を親指で指してきた。

「ケイちゃーんを病院に連れて行こうとしてるんだって。生徒会長の助言もあるし、早くしないと閉まっちゃうでしょー? ねー? ケーイちゃーん」

俺の顔を覗き込むワタルさんの目が訴えている。話を合わせろと。

しどろもどろに頷いて誤魔化し笑い。


「そ、そうですね。閉まっちゃったら明日になっちゃいますよね。それは困るなー、困っちゃうなー、おれー」

「見せてみろ。怪我ってヤツ」

仮病と思われているのか、それとも今日行くべきかどうか判断したいのか。

多分、後方だと思う。

話を聞きたがっているし、大丈夫と思ったら明日にでも行けと言うんだろうな。

不機嫌を含んだ声のままヨウが怪我の具合を見せてみろと言ってきた。

見せてもいいけど、此処、廊下だぜ廊下。流石に廊下で上半身裸になるのなぁ。
しかも生徒会室前。あんまりだよなぁ。下手すりゃ変態扱いされちまいそうだよなぁ。

尻込みしていると、イケメン不良の眉がつり上がった。

大丈夫なんじゃねえの、明日でもいいんじゃねえの、なんぞと視線で訴えられる。

「おら早く」

ヨウが苛立ちを込めて左肩を叩いた。
肉が裂かれるような痛みが走り、場所問わず悲鳴を上げた。その場にしゃがんで身悶える。今のはない、まじで、ないんだけど。


「よ、ヨウ。何しているの!」


血相を変える弥生に、「か。軽くだぞ」強く叩いたつもりはないとヨウも焦燥感を顔に滲ませる。

そんなに酷いのか。
肩の具合を見るために、舎兄が片膝をついてきた。

「ちょいやばいかも」

うめき声を上げつつ、シャツのボタンを上から三つ外して、ヨウに肩の具合を見てもらう。見え難いかもしれないけど、上半身裸になるよりかはマシだろ。

さっきは色が黒っぽい紫だったけど、今はどうだろう。

「……なんだよこれ。ケイ、少し動かすぞ」

「え? うごッー…イッ、イデデデデデっ! よ、ヨウ、たんまたんまたんまっ、うぁああツ!」

おもむろにヨウが俺の左腕を掴んで、無理やり上にあげようとした。俺は廊下に悲鳴を喚き散らしながら左肩を押さえる。

む、無理、ギブギブギブギブッ、痛いッ、ヨウ、痛いから! 左肩が痛くて腕があんま上がらないんだって!

そうヨウに伝えたいんだけど、言葉にならない痛みに呻き声と悲鳴しか出ない。

身悶えする俺を解放して、ヨウは眉間に皺を寄せたまま口を開いた。

「こりゃひでぇな。骨に異常があるかもしれねぇ。俺はケイを連れて病院に行く。ハジメと弥生はワタルから事情を聞け」

「ええぇええ! 僕ちゃーんの役割取っちゃうの? それはあんまりなすび。病院には僕ちゃーんが」


「テメェは弥生とハジメにサボった理由を説明する義務があンだよ。俺はケイから事情を聞く。それで解決だろうが。どうせ病院に連れて行くだの何だの口実を作って逃げようと思ったんだろうがそうはいかねぇぞ。弥生、ハジメ、徹底的に事情を聞いて来い。ワタルを逃がすんじゃねえぞ」


うっわぁ……徹底的にって。

ということは俺、徹底的にヨウに事情を説明しなきゃなんねぇのか?

ハジメや弥生以上にヨウの相手は恐いっつーのに、俺、マンツーマンで舎兄に説明しなきゃいけないのかよ! ……オワタな、俺。 



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