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05-20


俺とワタルさんは美術室から出ると、ひと気の無い廊下でたむろっていた。掃除中に掛かる音楽がやけに遠い遠いものに感じる。

透のスケッチブックの中身を見てみると、あるページに足形が付いている。踏まれたんだな。一生懸命描いた絵(これは美術部の風景か?)が皺になっていた。

頑張って紙を伸ばしてみるけど、ちっと伸びない。俺は諦めてスケッチブックを閉じた。

透はもうすぐ美術のコンテストがあると下書きをいっぱい描いていたっけ。この絵じゃなきゃいいな。

知らず知らずにスケッチブックを握る手が強くなる。

肩を並べているワタルさんは、壁に寄り掛かって頭の後ろで腕を組んだ。

「喧嘩に行って来ようかなぁ」

そのぼやきは、俺の耳にも入った。

「話を聞いて、かんなりムシャクシャグチャグチャだし。確か、スーパー近くの倉庫裏でたむろってるって言ってたね」

「そう言ってました。徒歩10分ってところでしょうか」

「10分かぁ。僕ちゃーん、イチ抜けよーかなー」

含みのある言葉に、俺はワタルさんに視線を向けた。

「だって掃除サボっているし一緒っしょ?」

悪戯っぽく笑うワタルさんは壁から背を離した。本当にイチ抜けるつもりなんだ。この人。
抜けたら疑われる可能性が大きくなるっていうのにさ。そして俺も、大層馬鹿な奴だ。

俺はワタルさんの前に立った。

「ワタルさん、俺のチャリなら5分以内に着きます。自信持って言えます。5分以内で着きます」

「ケイちゃーん?」

「そんなに喧嘩できるわけじゃねぇけど、したくもねぇけど、どうしても今回は参戦したい。足手まといにならないよう努力はしますから! 俺、ニ抜けます!」

キョトンとした目でワタルさんは俺を見てたけど、指を鳴らしてニヤついてきた。

「そうこなくっちゃケイちゃーん」

首に腕を回してくる。

「さっすがヨウちゃーんの舎弟。ノリがいいじゃじゃじゃーん。けど後で覚悟した方がいいよ」

「生徒会とヨウ達のことは一応覚悟をしておきますよ。でも今回だけはどうしても」


「おや? 君たち。お掃除はおサボりかな?」


ゲッ、その声は!

首を捻ればやっぱり須垣先輩がそこにいた。なんでこんなところにいらっしゃるんだろ、この人。ヤーんな時に会っちまったよ。

ワタルさんは「ハロー」手を振ってはいたけど目がちっとも笑ってない。彼もヤなんだな。須垣先輩に会ったこと。

俺達を満遍なく見た須垣先輩は、眼鏡のブリッジ部分を指で押した。


「もしかしてサボろうという雰囲気かな?」


あらヤッダァこの人、勘鋭すぎだわ! ……いや冗談抜きで鋭い、須垣先輩。

ワタルさんはピンポーンなんて自分から教えているしさ。
頼みますワタルさん、面倒事を増やさないで。

ただでさえ今から面倒事に巻き込まれようとしているのに。須垣先輩は呆れたように俺達を見据えた。

「態度で見せてくれるんじゃなかったのかい? 君たちの誠意とやらを。やはり君たちは信用ならない」

手厳しい言葉を向けてくる。

「どぞどぞ、ほざいておいて下さい」

ワタルさんはニヤついた笑みを浮かべながら反論した。
次の瞬間、ワタルさんは真顔になって垂れた前髪を掻き上げる。

「こっちもテメェのこと信用してねぇから。あいつ等と繋がりがあるかどうか分かるまでは」

「あいつ等?」

何の話だとばかりに須垣先輩が肩を竦めた。

本気で分かっていないのか、ワザとなのか、俺の目には判らなかった。

須垣先輩は俺に視線を向けてくる。

「君なら大丈夫と思ったんだけどな」

意味ありげな言葉に俺は愛想笑い。
残念、俺は外見地味、表面はイイ子ちゃん。

でも中身はそんな真面目じゃない。面倒だからイイ子になってるだけだから。

「そこまでして、どうして関わるんだい? 不良たちと。君にメリットなんてあるのかい」

「メリット、デメリットだけで物事考えていたら、この世の中生きていけませんって。そう考え始めたら世の中デメリットだらけですよ」

「じゃあ質問を変えようか。今から君のすることは、完全にデメリット行為。なのに敢えてそっちの選択肢を取る理由、教えてくれないかい?」

んー、教えたところで、結局これは私情だしな。弁解にしかならないっつーか、さ。

俺は透のスケッチブックを軽く先輩に見せ付けて笑った。


「ま、堅苦しく言えば物事には何事も優先というものがあるので。少なくとも、今の俺は“おサボリ”が優先なんですよ。サボって生徒会やヨウ達にとやかく言われても、ね」

「ほんとほんと。特にヨウちゃんが怒ったらめっちゃ恐いよ。ケイちゃーん、後で一緒に叱られようねねねん」


肩に手を回してくるワタルさんに引き攣り笑い。

いやさ、やっぱヨウに怒られるって思うと恐いっつーか怖いっつーか……恐怖! あーくそっ、男だろ。決めただろ。腹括れ、俺!

今、機会を逃したら、次の機会がいつ訪れるか分かんねぇだろ!


俺は須垣先輩に視線を向ける。呆れている、というよりも、どっか面食らっているような顔を作っていた。

「なんで、そこまでするんだ?」

先輩の問い掛けに俺は精一杯、強がりを言ってみたりする。


「なんで? 不良の舎弟だからですよ」


舎弟になった時点でデメリットばっかり選んじまう運命なんだ。俺って。

俺はワタルさんと一緒に、須垣先輩を置いてその場を後にした。



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