04-12
「俺にヨウを責める権利なんてないんけどな。それどころか責められる立場だよ」
「それこそ何でだよ」
「だって俺、一度は日賀野の誘いに乗ろうとしたんだぜ?」
「けど結局、乗ってないだろうが」
「ならヨウだって、俺がピンチだって聞いて来てくれただろ」
「間に合わなかっただろ」
顔を顰めるヨウが荒々しく言葉を続ける。
「俺が来てもケイはヤラれた後。意味ねぇんだよ」
「ヨウが来てくれなかったら、あそこでずっとオネンネしていたと思うけど」
「ハジメがピンチの時、テメェのおかげで間に合ったんだぞ。なのにテメェの時は間に合わなかった。ンなの釣り合わねぇだろ。俺、テメェに借り作りっぱなしじゃねえか」
ヨウの言葉を聞いて、俺は盛大に吹き出してしまった。
突然大笑いする俺にヨウは恥ずかしそうに「ンだよ」と低い声を出してくるけど、笑いがどうしても漏れる。
「ケイ……テメ、笑い過ぎだ」
「悪い悪い。ヨウって律儀だよな。はじめて会った時からそうだ。あの時も、不本意だけど俺に助けられたからってガムくれたよな」
「チッ、そういう性分なんだよ」
不機嫌そうにヨウが反論してくる。これ以上笑うと機嫌を損ねるよな。
どうにか笑いを殺して、俺は茜色に染まった空を仰いだ。
「借りなんて俺、そんな大それたモン作らした覚えないよ。あれは俺が勝手にヨウを追ったことだし……それにお前が仲間の為に突っ走っていた。だから俺、ヨウに手を貸したくなった。舎弟っつーのもあったけど、こんな俺でもお前の足くらいにならなれるんじゃないかと、あの時思ったんだ」
「ホントだからな」目を丸くして俺を見てくるヨウに笑ってみせた。
喧嘩経験も皆無で、腕っ節もないけど、ヨウの足くらいにならなれるんじゃないかって思ったんだ。
だから借りを作ったとかそういう大それたモノを押し付ける気もない。不良に借りを作るってもの恐いしな。
「マジに今回のことを責めるつもりなんてないよ。寧ろちょっと申し訳ない気分。恥ずかしい姿バッカ見せたから」
「ンなことねぇよ」
「そうだって。取り乱したり、弱音吐いたり、挙句の果てには喧嘩止めてもらったり……ヨウ、俺がモトを舎弟にした方がイイって言っているのは俺が弱いせいだからなんだ。ヨウのせいじゃない」
並んで歩くヨウに言って、俺は自分を指差した。
「見ろよ、このフルボッコ後の情けない姿。お前の舎弟にしちゃ弱いだろ?」
「……ンな、ことー……ねぇよ?」
いや、目を逸らせてフォローされると虚しくなるだけだから。そこは素直に『弱い』って言って欲しいんだけど。
気を取り直して、俺は話を続ける。
「一件で俺はどうすれば良いのか。ヨウはどうすれば良いのか。そうだな、例え話をしてみようか。俺とヨウの舎兄弟を白紙に戻したら? っていう、今直ぐにでもありえそうな例え話をさ」
「……テメェはどう考えているんだ? ケイ」
「俺? 俺はーそうだな。白紙に戻しても、今までどおりだと思っているよ」
だってそうだろ? 俺達って同じ学校に通っているし、こうやって関わり持っちまった。簡単に繋がりが切れるかっつったらそうでもない。
舎兄弟ってのが消えるだけで、俺達は今までどおりに接しているんだぜ。
きっと俺は表じゃ笑って、裏じゃ不良に嘆いている。
それにヨウは気付かないで笑っている。チャリに乗せろとか言って、俺の後ろに乗ってくる。
な、大して変わらないだろ?
「もともと俺達って舎兄弟って雰囲気でもないしな。俺がキンパにすりゃちょっとは見えるかもしれねぇけどさ。所詮は見掛け倒し。喧嘩できる方じゃないし、不良でもない。今日みたいにお前の手を煩わせることだってある」
認めるの悔しいけど、ガキの頃から喧嘩を避けてきた俺は普通に弱い。日賀野が不良の中でも飛び切り強いから、こんな惨めな負け方したって分かっている。
だったら日賀野の以外の不良に勝てるのか。こんな負け方しないのか。
そう問われたら俺は「ノー」って答える。
ずっとずっと喧嘩とか諍いを避けてきたんだぜ? 喧嘩慣れしている不良に勝てる筈ないじゃないか。
今のヨウの話を聞いて、舎弟はモトの方が断然向いていると思った。モトを舎弟にした方が良いと思った。
どーせヨウが舎弟を作るなら、もっと強い奴がいいじゃないか。
どーせならもっと喧嘩できる奴がいいじゃないか。
少なくともモトなら、こんな負け方しない。きっと、そうきっと。
成り行きでなった肩書きだけの舎兄弟だ。
俺達が舎兄弟であろうがなかろうが、俺とヨウの仲に影響があると思えない。大して変わらないなら、俺との舎弟を白紙にしてヨウはもっと別の舎弟を作るべきなんだって思うじゃん。
「ヨウの舎弟がダッセェ負け方したんだぜ。とーんだお笑い種だよな」
負けた悔しさとか、自分に対する情けなさとか。
色んな感情が雑じって俺は思わず道端に転がっている小石に八つ当たりした。
俺に蹴られた小石は変な方向に飛んで民家の塀に当たる。
小石は俺を恨みがましく見ながら、侘しく転がっていた。
思わず自嘲。
なんかあの小石と俺が重なって見えたから。
「決めたぜ、ケイ」
ヨウがいきなり俺の首に腕を回してきた。
ちょ、イッテェって! フルボッコにされたカラダにそれはキツイ! ギブッ、ギーブッ! イッテェ! 痛がる俺を無視してヨウが話を続ける。
「俺、今この瞬間からテメェに背中を預けることにした」
ヨウが、俺に、背中を預ける、だって?
唖然とする俺に対して、ヨウはもう決めたとばかりに口角をつり上げて俺を見てくる。イケメンってそういうお顔もイケているよな。
女子がウットリしそうなほどカッコイイ。俺もそんなイケメンになってみた……って、ちげぇ! 俺は我に返って素っ頓狂な声を上げた。
「な、何言い出すんだよ! おまっ、今まで俺達、何を話していた? 意味分かってるのか? 俺に背中を預けるってことは」
「このままじゃダッセェだろ。俺もテメェも」
俺の言葉を妨げるように、ヨウがいつもより大きめに声を出して足を止める。
当然、必然的に俺も足を止める羽目になる。
「テメェも俺もヤマトにしてヤラれた。ヤマトがヤラかしてくれたせいで、俺達は舎兄弟を白紙にする。究極にダサくねぇか? 少なくとも俺はダサ過ぎて笑いが出る。あいつのせいで舎兄弟を白紙にするっつーんだぜ?」
「し、仕方ないじゃないか。俺、弱いし喧嘩できねぇし何をするにしてもフッツーだし」
「足くれぇにはなれるっつってただろ。それでイイじゃねえか」
ゼンッゼン良くねぇだろ!
ヨウ、今までの話を聞いていたか? 耳の穴かっぽじって聞いてくれていたか? 俺じゃ喧嘩できねぇし、最弱ってわけじゃないけど弱い分類にいるし、ヨウのお荷物になるっつっているんだぞ。
俺の訴えを一切無視してくれるヨウは、回してくる腕の力をより一層強くしてきた。
「俺がテメェを舎弟にしたのは、テメェが面白かったからだ。喧嘩できるできねぇなんざカンケーねぇ。俺はテメェじゃねえとゼッテェ退屈する」
「た、退屈ってお前さ」
脱力。そんな問題じゃねぇだろ。
呆れる俺に構わず、ヨウは言葉を続ける。
「このままじゃテメェも俺もダッセェ負け犬だ、ケイ。そんなの腹立つだろ?」
ヨウが問いかけてくる。
そりゃ俺だって負け犬とかレッテル貼られるのは嫌だぜ。俺にだって意地とプライドくらいはあるんだから。
だけどさ、ヨウはこのまま舎兄弟を続けてもイイのかよ。
日陰凡人少年を舎弟にしたままでイイのかよ。
手を煩わせる事だって、足手纏いになることだってあるだろうし。
「『やっぱヤメときゃ良かった!』って後悔されても責任取れねぇよ? 俺」
「こンまま何もしねぇ方が後悔する」
「イッ」
首から腕を離したヨウが、軽く俺の背中を蹴ってくる。
フルボッコにされた俺の身体にとっては軽い蹴りでも痛手だ。
「蹴るなって」
ヨウに文句垂れながら、俺は腰辺りを押さえる。気にすることなくヨウは五歩、六歩、前に進んで振り返ってきた。
「言ったな。舎兄弟であろうがなかろうが俺たちゃ別に何も変わらねぇって。俺もそれには同感。けどな、このまま何もしねぇで終わるのは癪だ。そうだろ?」
響子さんの言葉が蘇る。今以上に行動を起こしてみろよ。何もしねぇでウッジウジするな。という手厳しい言葉が。
「俺はダッセェまま終わりたくねぇ。ケイ、俺とイケるとこまでイッてみようぜ」
真っ向から夕の陽を浴びるヨウの顔は笑っていた。
俺は夕の陽の光に眩しさを覚え、目を細めながらも、ヨウの視線を受け止めて微苦笑を零す。
遠回しな言い草だけど、改めてヨウに舎弟になれって誘われている。成り行きで舎弟にされたあの日と比べたらスッゲェ違いだよな。
勿論、断る事だってできる。「俺じゃ不釣合いだから」と断れる事もできる。
だけどさ、いっつも俺には拒否権がないんだよな。
どうせ断る勇気なんてないよ。不良恐いし。俺に拒否権なんてない。あの日も、今も、さ。
返答を待っているヨウに肩を竦めて、俺も笑ってみせた。
「足、くらいにしかなれねぇからな」
ヨウは最高の笑顔を見せた。
「上等だ」
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