だから俺達は改めて舎兄弟を結ぶ
◇
ゲーセンから出ると日が沈みかけている。
俺はてっきり夜になっていると思ったんだけど、意外と時間はゆっくり動いているみたいだ。まだ夕暮れ時なんだってことに俺は多少ならず驚いた。
それだけ俺の中で時間が進んでいたんだろうな、濃い一日だったしな。体に痛みが走ることを承知の上で軽く背伸びをする。
予想以上の痛みに、俺は思わず顔を強張らせた。
随分俺の身体は悲鳴を上げているようだ。
ついでに家に帰ってちゃんと怪我の手当てをしないとやばい。腕や膝から軽く血が垂れている。
なにより早いところ帰って手当てして寝ないと、俺、ぶっ倒れるかも。
「ふぁ〜……ケイ……乗るか?」
シズが俺の様子に気が付いてくれたのか、バイクを指差してくる。
送ろうかと言ってきてくれているんだと思う。
でも、そんなに遠い距離じゃない。俺は歩いて帰ると言って、シズの気持ちだけ受け取った。
俺は家に帰るけど(帰らないともう無理……限界)、シズやヨウ達は場所を変えて溜まるみたいだ。話しているところを聞いちまった。
多分、日賀野の件で駄弁るんだろうな。ゲーセンで溜まっていても良いんじゃないかって思ったけど、休日の夕暮れの時間帯は補導員がよく見回りに来るそうだ。
まあこのゲーセン、溜まりやすいしな。補導員が目を光らせるのも分かる気がする。響子さん、未成年で煙草吸っているし捕まったら面倒そう。
「本当に帰れるか? ……送るぞ……眠い……」
「歩くくらいの元気はあるから」
「ほんっとかぁ〜?」
後からゲーセンに出てきたモトが「道端で死ぬんじゃね?」と皮肉を浴びせてくる。
心配してくれているが故に……そう言ってきてくれるんだよな? 俺は信じているぞ、モト。そうじゃなかったら俺は泣くぞ、マジで。
同じくゲーセンから出て来た利二とバッチリ視線が合った。めっちゃ気まずくて俺は目を逸らしてしまった。
三階のフロアに戻った後も、俺、利二と口きいてないんだ。極力目も合わさないようにしていたし、近寄りもしなかった。
あんな派手な喧嘩した後だし、謝るって気には今のところ、どうしてもなれない。変な意地とプライドが邪魔しているってヤツかな。
利二も同じみたいで極力俺と目を合わせないよう、俺に背を向けていた。
そうなると意地でも俺も背を向けたくなって、でも気になってチラッと利二を盗み見る……あれ? 利二のヤツ、手に缶緑茶持ってね? 俺と同じメーカーじゃね? もしかして利二のヤツもモトに貰ったってヤツ? うわぁつ、スッゲー気になる。かなり気になる。
どうでもいいことを気にしていた俺を余所に、利二は先にお暇するとヨウ達に頭を下げて帰路を歩き出す。腹部を押さえながら。利二のヤツ、日賀野の蹴りを腹に二回も喰らったんだよな。
しかもその後、俺が加減無しにぶっ叩いたり蹴ったりしたんだよな。痛い、筈だよな。俺もお返しを十二分に貰ったけど。
「なあケイ、いいのかよ」
黙って利二の背を見送っていたら、モトに心配された。あのモトから普通に心配された。
知るかよ、俺に挨拶なしだったし……とか思ってみてもさ、あーもう、何だよコンニャロ! 俺だってそりゃ気まずいし決まり悪いって! でも謝る気にはなれないし。
悩んでいる間にも利二の背は遠ざかって行く。モトが焦れたように俺を呼んできた。
分かっているよ、言っておかないとイケねぇことがあるってことぐらい。俺だって言っておきたいことがあるし。
遠ざかる利二と、焦れたモトの声と、尻込みする俺の気持ち。
どうしようか考えて考えて考えてかんがえて、考えることが面倒になった。
響子さんの言う『ウジウジする前に行動をしろ』ってのは、まさにこの時のことを指すんじゃないかと思う。
俺は痛む身体に鞭を売って利二の後を追った。
ゆっくり歩く利二に対して俺、全力疾走だぜ? フルボッコにされた上に大喧嘩して暴れまくったっつーのに力一杯走る、俺ってタフだよな。ほんと。
直ぐに息切れしてくるけど、そこは根性だ根性。
痛みとか辛さとか苦しさとか、そんなものは全部無視して俺は利二の前に回って足を止めた。
「田山?」
利二の驚く声が鼓膜を振動する。
俺が追い駆けて来ると思わなかったんだろうな。俺だってお前を追い駆ける気、十秒前までは無かったよ。
ちょっとたんま。喋りたいけど呼吸が整わねぇんだよ。根性で走れても、あがった息は根性じゃどうしようもねぇんだって。何度も息を吸って吐いて呼吸と気持ちを整える。
よし、少し呼吸が楽になってきた。
早鐘のように高鳴る鼓動を感じながら俺は、ゆっくり息を吐いて顔を上げる。目を丸くしている利二と向かい合って、俺は息と一緒に言葉を吐き出した。
「あの時、お前をこれ巻き込まないようっ、日賀野の舎弟になろうとした。それをお前は止めた。日賀野のこと恐いくせにさ、ビビッてたくせにさ、後先考えないで俺の決断を止めやがった。お前だって十分カッコ付けだ。人のこと言えないってのがひとつ。そしてもうひとつ、お前に言いたい」
言い方は荒いけど俺、利二と喧嘩したいわけじゃない。
ただ一つ言っておきたいんだ。日賀野の誘いに乗ろうとした俺を体張って止めてくれた利二のおかげで、最悪の間違いを犯さなかった。
今以上に悔いていただろう未来を迎えることなかった。それは利二のおかげだ。
だからヒトコト言っておきたいんだ。一呼吸置いて、俺は利二から目を逸らした。
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