04-06
今まで姿が見えなかった響子さんが、俺の隣で壁に寄り掛かりながら煙草をふかしている。
響子さん曰く、俺と入れ違いにゲーセンを出てシズやワタルさんと付近を歩き回っていたらしい。
日賀野を含む仲の悪い不良グループが近くに潜んでいるんじゃないかって偵察に行っていたんだと思う。舎弟の俺を利用してヨウに仕掛けようとしていたんだ。響子さんたちは警戒しているんだと思う。
あくまでこれは俺の予想、詳しくは聞かなかった。
「ケイ、アンタ此処でも喧嘩したんだって? ヨウから聞いたぜ」
振られた話に俺はちょっと戸惑ったけど、隠してもしょうがない。本当のことだし。
苦笑いを浮かべて首を縦に振る。響子さんは紫煙を吐き出して俺に視線を向けた。
「ダチと喧嘩する前にモトがアンタになんか言ったらしいな」
そんなことあったっけ。
俺の記憶には利二の喧嘩したことしかないぞ。モト、俺になんか言ったっけ? 言ったとしてもいつものノリで悪態か何かをつかれたんじゃないかと思う。あんま記憶にない、利二との喧嘩が衝撃的過ぎて。
「手前の発言がキッカケで喧嘩が起こった。モトはそう責任を感じているみてぇだ」
「モトがキッカケ? そうだったかなー……俺と利二の問題な気がするけど」
「あいつ根は良い奴なんだ。悪く思わないでくれ。ガキなんだ、モトは」
また一つ紫煙を吐き出し、響子さんはポケットから携帯灰皿を取り出していた。
常に響子さんは煙草を吸うんだろうな、手馴れた手つきで灰を中に落としている。
フロンズレッドのサラサラとした髪を耳に掛けて、煙草を銜える響子さんって大人っぽいよな。色っぽいわけじゃないんだけど、大人っぽい。俺の一つ年上って思えないよな。
ボンヤリと響子さんを見ていたけど、あんまり見ているとガン見していることになる。
なんかそれは……決まり悪い。俺は目を逸らすことにした。
「ダチから聞いている。ケイ、ヤマトに狙われたんだろ」
「え、あー狙われたっつーか。利用されそうになったっつーか。日賀野と偶然会って」
「ったく。ヤマトの野郎。ハジメの件といい、ケイの件といい、狡い手ばっか使ってきやがって」
盛大な舌打ちに俺は思わず視線を戻す。
忌々しそうに響子さんが煙草の先端を噛んでいる。指の関節を鳴らしている姿を見た俺の心境は“泣きたい”だ。
相変わらず響子さんってオッカナイよな! さすが不良さま! 俺、こういう女性は絶対敵に回したくないよ。内心ビビリまくっている俺に響子さんが微笑してきた。
「あのヤマトに言い寄られても、よく断ったな。ヤラれ方は酷いようだけど、その傷、男の勲章だぜ?」
「断る覚悟を持てたのは利二のおかげですよ」
あの時、断り切れたのは俺だけの力じゃない。
一時は日賀野の脅しを呑み込もうとした俺を止めてくれた利二のおかげだ。利二が止めてくれなかったら、俺はきっと日賀野に屈していた。ヨウに背を向けていた。当たり前のように利用されていた。
俺はあの時起こしてくれた利二の行動を思い返しながら、響子さんに告げた。
誘いに乗ろうとした俺を蔑視するかと思っていたけど、響子さんは笑みを深めてきた。
「ンなちっせーこと気にしているのか、ケイは。誰も気にしちゃねぇよ。アンタはヤマトの誘いを断った。それがアンタの答えだろ? 気にしているとダチにも失礼だぜ」
「だけど俺は」
「ケイ。アンタの気持ち次第だ。手前の行為を許せずに悔いるのか、ダチを巻き込んだことに責め苦するのか、それともアンタ自身選んだ結果を後悔するのか。それはアンタ次第。誰でもない、アンタを責め立てているのはアンタ自身」
「だろ?」響子さんは同意を求めてくる。
少し間を置いて俺は頷いた。
響子さんの言うとおり、俺は俺自身を許せていない。あの時、利二のことがあったとはいえ迷ってしまった弱い自分が情けなくて惨めで、どうしても許せないんだ。
自分の不甲斐無さに溜息が出る。
俺ってこんな負けず嫌いっつーか、変な意地を持つ男だったっけ? 自分にビックリだぜ。持っていた缶を軽く握ってまた一つ溜息、瞬間、俺の頭にチョップが飛んできた。
い、イッテェ! 今のチョップ、結構痛かったぜ! 俺にチョップを食らわせてきた奴はひとりしかいない。
頭を擦りながら響子さんに視線を送る。軽く笑いながら響子さんは俺の額を指で弾いてきた。
「アンタの判断は半端なモンじゃなかった。ダチの話聞いてりゃ誰だってンなの分かる。それでも手前が自分許せねぇっつーなら、今以上に行動を起こしてみろよ。何もしねぇでウッジウジするな」
響子さんの手厳しい言葉に、俺は目が覚めた気がした。
許せないならそれ以上に行動を。そうだ……俺はフルボッコされたことや、利二を巻き込んだことや、自分の起こした態度でウジウジばかりして、これからどうしようかなんて考えてない。
じゃあ、俺はこれからどうするべきなんだろう?
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