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どうしても許せなかった



鼓膜を忙しく震わす煩いゲーセンのBGMが妙に遠い。



俺の鼓膜に異常があるのか、それともフルボッコにされた俺の脳に異常があるのか、とにかく音が遠い。BGMが雑音にしか聴こえないし。

身体の感覚も、いつもより鈍い感じ。何かに触れても感触をあまり感じない。

だからって痛覚も鈍っているかっていったら、そうでもない。殴られた箇所を触れられるだけで疼く痛みが刺す痛みに変わる。痛いもんは痛いってことだよな。どーせなら痛みも麻痺してくれたらいいのに、俺の身体って正直だよな。


あ、そういえば明日は何の授業あるっけ。現社に数学に英語に……何か宿題あったっけ。

あ、英語の予習をしなきゃいけねぇんだっけ。やらねぇとチェックされるんだよな、メンドくせぇな。

あ、今日ずっと見たかった映画がテレビであるんだよな。録画予約しとかなきゃな。


……俺の頭ちょっとヤバイ。

思考があんま回ってないみてぇ。さっきからどうでも良いことをめぐらせている。

やっぱフルボッコされたからだろうな。頭の中がぐーらぐらだもん。

喧嘩慣れしてねぇ平凡地味日陰少年な俺がよ? 教師もビビっちまうあの天下のヨウと肩を並ばせる不良からフルボッコにされてみ?


「アイタタタ、ヤラれちまったぜ」なんて可愛い状態どころじゃない。

「もう再起不能っす。真っ白な灰になったっす」廃人状態だぜ、チクショウ。


じゃあ俺が廃人になっているかっていったら、いや普通なんじゃないかと思う。

ただちょーっと思考と感覚が危ないだけで、ワリと気持ち的には元気。

ボッコボコのフルボッコにされても、ベッコベコまでにヘコむ……ってことにはなっていない。多少はヘコんでるよ。ヘコんでるけどさ、どん底に落ち込むって感じじゃない。俺って心も体も結構丈夫な奴みたいだ。


降りかかってきた災難のことをなるべく考えないようにしているから……そんなに落ち込んでないんだろうな。


だってよ、思い出すだけで恐怖心と悔しさが滲み出てくるんだぜ。

フルボッコにされた恐怖、それ以上に何も出来なかった俺に対する怒りと悔しさ。


『また会おうぜ、ラッキープレインボーイ。次は良い返事を期待している』


俺をフルボッコにした日賀野が去る際に言ってきた。

「次は良い返事を期待している」と。

あいつは俺をどう弄ぶつもりなんだよ。あいつは俺をどう利用したいんだよ。ホラ、思い出しただけで恐怖心と悔しさが込み上げてくる。


「ケイさん……ケイさん……あの、」


細い声に俺の思考は現実に引き戻された。

明るく広がる視界、遠かったゲーセンのBGMが急に近くなる。俺は何度か瞬きをして隣に視線を向けた。


オドオドとしているココロがそこにはいた。

近くのコンビニで買ってきたと思われる消毒液と、血と泥で汚れたティッシュを持って「他に傷は」と俺に声を掛けてくれる。



そうだ俺。

ヨウ達に連れられてゲーセンに来た後、ココロに傷の手当してもらってたんだっけ。

家に帰ってしっかり手当てできるように簡単な手当てしてくれてるんだっけ。

ゲーセンの迷惑も顧みず、俺、地べたに座ってエアホッケー台に寄り掛かってるんだっけ。

いっけねぇ。完全、俺のワールドに入ってたよ。


何も答えない俺に困った表情を作っているココロ、俺は詫びて「もうないよ」と返事を返した。


「ありがと。後は家に帰って自分でやるから」

「あ、あああの、絆創膏なら買ってきてるんです…、良ければどうぞ」


そっと差し出してきた絆創膏の入った小さな箱。

うん、これはやっぱり近くのコンビニで買ったな。

コンビニ名の入ったシールがベッタリと貼ってある。


クダラナイことを思いながら、俺は受け取ることにした。遠慮しても良かったんだけど、ココロの気持ちを拒否するようで悪い気がしたから。

俺が受け取るとココロが嬉しそうにはにかんできた。

自然と俺も笑えてココロに再度礼を言った。

ココロは照れたように「こんなの何でもないです」、汚れたティッシュをビニール袋に放り込んで片付けを始めた。


結構な量の汚れたティッシュがビニール袋に放り込まれている。それだけ俺、怪我したって事だよな。 


絆創膏の箱に目を落とす。

明日の俺、絆創膏男にでもなってそうだな……。




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