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03-06



俺達はアイコンタクトを取りながら、日賀野の様子を見守っていた。

この隙に逃げるって手もある。

俺、チャリだから後ろに利二を乗せてさっさと退散! なんて余裕で出来ると思うんだけど、後々のことを考えると逃げるに逃げられない。


ふと日賀野がこっちを見てきた。


俺と利二は自然と背筋を伸ばしてしまう。一種の条件反射だよな、これ。

俺達のビビリ心情に気付いているのか気付いていないのか、日賀野が鼻で笑ってきた。何を思ったか隣の自販機に小銭を投入してボタンを押す。


ガランゴトンッ、飲み物が落ちてくる音が自販機から聞こえた。


日賀野はペットボトルを取り出して俺に投げ渡してくる。

びっくりしたけど片手でどうにかキャッチ。
日賀野は同じ動作を繰り返して利二にも投げ渡していた。これは奢ってもらっているってことだよな。俺と利二は日賀野に礼を言って、ペットボトルに目を落とした。

野菜ジュース。何故、野菜ジュース?

チャリをその場にとめて、俺はおもむろにペットボトルの蓋を開けると一口野菜ジュースを飲む。うん、野菜ジュースって感じ。これはアレだ。歌いたくなる。

「ビタミンはー歩いてこない。だーから毎日飲むんだねー。一日1本。三日で3本。毎日飲んでビタミンC」

「……田山、まさか一昔前の牛乳のCMの替え歌か?」

「……し、しまった。ついノリで」

利二が呆れ返って俺を見てくる。馬鹿じゃないか、そんな眼差しを投げかけて来た。傷付くぞ。その目。


「ククッ、お前なら何かやってくれると思ったぜ。プレインボーイ」


笑いながら日賀野が缶コーヒーを自販機から取り出している。


クソ馬鹿にしやがって。

なんで自分は缶コーヒーで俺達は野菜ジュースなんだよ。奢ってもらっている身分だから贅沢は言えないけど、せめてジュースならコーラとかサイダーとか、この際オレンジジュースでもイイ。お子様が好みそうな飲み物を買ってくれたって良いじゃないか。

同じ値段で飲み物買ってくれるなら、俺達の好みそうなジュース買え。


しかもこの展開、前にも経験したことあるぜ!

確かヨウと一緒に授業ふけて、あいつに奢ってもらった時だ。あの時もヨウが何故か俺に豆乳を奢ってきたんだよな! なんで豆乳なんだよって聞いたら、 

「有り難く頂けよ? カラダには良いんだしな、プレインボーイズ」

それだ、それ!
ヨウも「カラダに良い」とかほざいたんだ! 忘れもしねぇ! 

不良はそうやって地味な俺達をからかうことがお好きなようだな! 地味な奴等がみーんな健康飲料水を好むと思ったか? そりゃ違うぜ!

俺はミックスジュースも野菜ジュースも豆乳も嫌いな類に入っているんだ。いたいけな地味ボーイズをからかうなんて悪趣味だぜバッキャロ。


心の中で精一杯、俺は悪態を付いてみた。三年分くらいの悪態を日賀野にぶつけてみた。


当たり前だけど、日賀野に届いているわけなく笑声を漏らしっぱなし。俺の悪態を聞いた瞬間、きっと拳が飛んでくるんだろうな。想像しただけで身震い。口には出せないな、今の悪態。


「おい、そっちのプレインボーイ」


日賀野が利二に声を掛けた。

利二が強張った表情で「何でしょうか」と返事、日賀野はニヤリと笑って財布を投げ渡してきていた。紛れも無くそれは利二の財布。

何時の間に盗られたんだ、目を丸くする利二は財布をキャッチして首を傾げている。ってことは、この野菜ジュースも日賀野の飲んでいる缶コーヒーも利二の金かよ!

偉そうに言っておいて、これ利二の金か? おまッ、さっきの礼の言葉と金返せよ! こんなこと口が裂けても言えないけどさ!


「荒川と俺の関係、アイツから聞いているか?」 


突然、日賀野が俺に話題を吹っ掛けてきた。

俺は内心大絶叫を上げながら、表では愛想笑いを作って首を傾げ「関係?」と聞き返す。

さっき利二から軽くは聞いたけど、ヨウから日賀野のことは聞いてないし、どういう関係を指して言っているか分からなかった。

仲が悪いとか、そういう関係を聞いているのか?

「んじゃ、もう一つ。前回の騒動の経緯を、アイツから聞いたか?」

「前回っていうと、あの喧嘩騒ですか? いや、俺は何も」

「舎弟だっていうのに、何一つ聞いていないのか」


「確かに俺はヨウの舎弟ですけど……」


あの騒動のこと、ヨウの口からは何も聞いていない。俺から安易に聞ける雰囲気でもなかったし。

自販機に寄り掛かって缶コーヒーを飲んでいる日賀野は、俺の返答に「アイツは相変わらずだな」って鼻で笑う。


「救いようのねぇ馬鹿っつーか、能天気っつーか、ありゃミジンコ以下の脳みそだ。いっそくたばった方が世の中の為、お社会さまの為だな。考え方一つひとつが甘ぇんだよ、クズめ。死ね」


今、どれだけ、ヨウと日賀野の仲に溝が、あるか、たっぷりと見せ付けられたような気がする。

極力ヨウの話題は避けた方が良い。絶対良い。じゃないと、俺、マジで殺されるって。

「お前もそう思うだろ?プレインボーイ」

「ッ、うえぇ?!」

お、俺に振るか! ヨウの舎弟の俺に!

「ククッ、荒川の舎弟の俺に振るか? ってツラしているな」

「……あ、あははは。いやぁ、一応、俺、ヨウの舎弟ですし、ね。わ……悪くは言えないみたいな? あはははは」

心の中を読まれた。こりゃ下手なこと思えないし言えないし行動できないぞ。

冷汗タラタラの俺は懸命に愛想笑いを浮かべて、日賀野からの視線を避ける。

隣にいる利二の顔色、土色になっている。俺もきっとそんな情けない色してるんだろうな。

そんな俺達を面白そうに日賀野が眺めている。甚振っていることに歓喜を覚えている、そんな顔。

視線がかち合うと、痛いくらいに背筋が凍った。悪寒がする。何かが起こる気がする。本能が喧しいくらい危険信号を出している。

早く利二を帰さないと。帰さないと不味い気がする。

「利二。お前、時間迫っているだろ。行けよ、俺はまだ此処にいるから」

「……田山」

「グズグズするなって。いいから早く」


「何か起きる前にダチは帰す、って魂胆か。察しが早いな」


大袈裟なくらいに肩を竦めて、日賀野と視線を合わせる。

面白おかしそうに俺を見ている日賀野が自分の頭を指差して、口角をつり上げて不敵に笑った。

「本当にあの野郎の舎弟なのか? ってくれぇ、ココが回っているな」

皮肉った褒め言葉になんか一切、情を感じない。息を呑んで声を振り絞る。

「……単刀直入に聞きます。俺に何の御用ですか?」

「前に言ったろ、プレインボーイ。俺のテリトリーに大歓迎してやるって。その約束を果たしにな」

「それだけじゃ、ないでしょう?」

「鋭いな。気に入った」

俺は気に入られたくないし、気に入られても迷惑だっつーの。寧ろ早く家に帰してくれ! ついでに休日という時間を俺に返してくれ! ナゲット奢ってもらった時のルンルン気分返せ!


目を細めて笑う日賀野が中身を飲んでしまった空き缶を放り投げた。ポイ捨て禁止って常識の言葉、日賀野の辞書には無いと見た。

くぐもった笑いを漏らして歩み寄ってくる日賀野が、俺の肩に腕を乗せて寄り掛かってくる。近くにいるだけで体の芯が冷えていく気がする。

完全に俺はこの男に恐れをなしているんだ。唾を飲み込んで恐怖に耐える。

どうにかこの間にも利二には無事に家に帰ってもらいたい。

でも利二は帰るに帰れないんだろうな。視界の端でどうすれば良いか分からずに困惑して佇んでいる利二が映っている。気持ちは分かる、分かるぜ。

だけどお願いだから今のうちに帰ってくれ利二。お前が帰っても俺は恨まないから。そうしてくれた方が俺的に嬉しいんだ。お前を巻き込みたくない。

日賀野は俺が今まで出会った不良の中で一番ヤバイんだ。

いつも何を目論んでいるか分からないワタルさん以上に、日賀野の考えていることが分からない。それが堪らなく恐ろしさを感じさせてくれる。恐怖に耐えている俺に日賀野がフッと笑いを漏らした。


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あきゅろす。
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