噂の舎弟はリアル舎弟に喧嘩を売っている
「知ってるか。昨晩、駅前で荒川と貫名が隣町の不良を伸したらしいぜ」
「知ってる知ってる。二人に喧嘩を売ったからだろ? 馬鹿だよな。あの二人に喧嘩売るって、命を差し上げるようなものだぜ」
「ちげぇねぇ。あ、そういや荒川のヤツ。舎弟を作ったらしいぜ」
「あの荒川が? そりゃまた強ぇんだろうな」
「それがそうでも無いらしいぜ。見た目メッチャ弱そうで不良っぽくもねぇんだとか」
「そういうヤツほど、実は並外れた腕っ節があるって王道パターンだろ。空手習っていました〜とか。合気道やっていました〜とか。顔はイケてる。超美形。間違いなし」
「ありそうありそう」
笑いながらレジに二冊雑誌を置いてきた。
手際よく会計を済ませレジ袋に入れながら「620円です」と、客に告げる。客はヨレた千円札を渡してきた。
受け取り釣銭380円を客に渡して、レジ袋を差し出し「ありがとうございました」と頭を下げる。
会話に夢中なのか、客は此方を見向きもしなかった。
去って行く背に溜息をつき、利二は雑誌コーナーに目を向けた。
週刊コミックを立ち読みしている同級生がひとり、ぎこちなく顔を上げて硝子越しに見える先程の客達に空笑いしていた。
あれこそ、客達が話していた荒川庸一の舎弟だった。
◇ ◇ ◇
なんで休日という安息の時間にまで、舎弟という言葉に反応しなきゃなんねぇんだよ……ツイてねぇ。
しかも何だよ王道パターンって。生憎、俺は空手も合気道もしたことがない。
習い事をしていたのは、習字と塾。塾は高校受験のため。習字は母さんから無理やり行かされていた。
一応、中二まで頑張っていたよ。中3からは塾に行く関係で習字をやめた。習字から解放されたって思った瞬間、勉強尽くしかよ! って憂鬱になった思い出がある。
つまり体を動かす習い事なんて一切してねぇんだよなぁ。
ちなみに顔も凡人ちゃんだよ。
舎兄がイケているからって舎弟がイケているかっていったらそうでもねぇんだぞ。世の中。
あの客達の話からだと、王道パターンから外れている俺は邪道? いや俺は悪くないぞ。勝手にヨウの舎弟の人物像を描いたあいつ等が悪い。
っつーか、実は並外れた腕っ節があるって王道パターン? イケている? 超美形? 舐めるな! そんな都合の良い設定が出来る世の中じゃないんだぜ! 出来るんだったら俺はとっくに、超美形のメッチャ喧嘩強い男らしい男、田山圭太になっているって!
それ以前に舎弟の件、お断りしているって。
「人の噂って恐いよな。皆様の噂じゃ、俺、超美形の腕っ節強い男の中の男になっているんだぜ? 利二」
「男の中の男、は言っていなかったような気がするが」
利二は呆れたように頬杖を付いて、カップに入った珈琲を啜っていた。
俺は利二から奢ってもらっているチキンナゲットを口に放り込む。
美味い、やっぱナゲットは美味いよ。揚げたてだからマジ美味い。
今日、俺は利二と会う約束をしていた。
利二の方から誘ってきたんだ。今日会えるか、奢るからって。
利二のことだから、先日ヨウと遊びに行くことにウザイくらいに嘆いていた俺を慰める為に誘ってくれたんだと思う。
バイト終わったら直ぐに家に帰りたいだろうに、こうやって誘ってくれる上に奢ってくれる。
マジ優しいっつーか、利二、お前の性格なら女の子にモッテモテだと思うぞ!
薄情だけど地味に心配性な利二の行為に甘えて、俺はこうやって有り難くナゲットにありついていた。ナゲットを頬張りながら、俺は利二に礼を言う。
「サンキュな。奢ってくれて。バイト代、こんなんで削って悪いな。時給安いんだろ?」
「コンビニだしな。まあ、それなりに稼ぎはある。それより田山……」
「ん? 何だよ。もしかして食いたいか? 一個やるぞ?」
「違う……お前、喧嘩騒動に巻き込まれたそうだな」
なんで知っているんだ。
その騒動はまだ誰にも話してないのに。
焦って食べようとしていたナゲットをボックスに戻す。利二は「やっぱりな」と肩を竦めた。
「荒川に舎弟ができた。喧嘩に参戦した。バイト中、コンビニに来る不良達の会話をよく耳にしていたから、な」
「そんなに噂が立っているのかよ。勘弁しろって……ただでさえ現状に胃が痛いっつーのに」
「お前、言っただろ。何か身の危険を感じたら、直ぐに逃げろって。なのに何で巻き込まれているんだ」
そりゃ逃げられるもんならそうしたかったけど。
もしもあそこで逃げていたら、ヨウの後を追わなかったら、絶対に後悔していたと思うんだよな。
思うんじゃない、これは予感だ。
きっと別の道を選んでいたら、俺はヨボヨボのじいさんになってもこの青春時代を思い出して胸を痛めるくらい、めっちゃくちゃ後悔するんじゃないか? そう感じたんだ。
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