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02-16



少しずつ落ち着きが戻ってきた。


俺はゆっくりと息を吐いて生徒手帳をブレザーのポケットに仕舞う。

気持ちに静寂が戻ってくると、今度はドッと疲労が襲ってきた。

四時半に電話で叩き起こされた上に、朝から緊張しっ放し。その緊張が昼間で継続してゲーセンで一騒動、喧嘩で二騒動、疲労が襲って来るはずだ。

チャリを全力で漕ぎ過ぎたせいか、結構足にキている。ヤバイわけじゃないけど、明日は筋肉痛かもしんねぇ。


「か……帰りてぇ……」


家に帰ってシャワー浴びてそのままベッドにダイブしたい。夕飯は要らない、とにかく俺に安息の時間を与えて欲しい!

帰ろうかな。中はまだ取り込んでいるだろうし、此処で暇を弄んでも仕方ないし……勝手に帰っていいかな。勝手に帰ったら怒るかな、ヨウ。怒ったら恐そうだしな、殴られたらヤダもんな。

不良に蹴りを入れたりはしたけど(今思うとスッゲーゾッとする)、あれとこれは別件だ。

唸り声を上げて俺は悩む。


「ケイ、ケーイ。どこだ」


俺を探している声は舎兄のものだ。

中から出てきたヨウは俺の姿を見つけると、顔を顰めて「何してやがるんだよ」と文句をつけてきた。

帰る選択肢を早々と決めなくて良かった。

あの不機嫌そうなヨウの顔を見て俺は引き攣り笑い。

歩み寄ってくるヨウは此処で何しているのか聞いてくる。


「此処で休憩してた。あの中、埃っぽいっつーか何か休憩する気になれなかったから」 

ヨウ達の話に参加するのは不味いと思ったから、そうストレートに言っても良かったけど何か気が引けた。「そんな理由かよ」ヨウは脱力してきた。

「だったらヒトコト言って外に出ろって」

「ごめんごめん。さっきの人、大丈夫なのか?」

「ハジメなら大丈夫だ。響子と弥生、あとタコ沢が今から病院に連れて行く」

響子さんや弥生は分かるけど、タコ沢って……。

工場から出てきたタコ沢の背には、しっかりとハジメと呼ばれた不良が背負われている。

顔面に数箇所殴られた痕があるのは、まさかヨウの仕業か。

哀れタコ沢は学校でもパシリくん、今もパシリくんされているんだな。お前、ファイト精神で此処まで追い駆けて来ただけなのにな。

けどしっかり病院に連れて行けよ。じゃないと今度はお前が病院行きになるだろうから。

弥生と目が合う。はにかんで弥生がこっちに手を振って走ってきた。


「ケイ、此処にいたんだ。帰ったかと思った」


帰ろうとしていました。なんて口が裂けても言えない。休憩していたんだと言えば、弥生が「そっか」と言いながら照れたように笑ってきた。

「さっきは助けてくれてアリガトウ。ケイって、ヨウが言っていた舎弟だったんだね」

「ま、まあ……ね」


「これから宜しくね。ケイ。本当にアリガトウ、カッコ良かったよ。あ、そうだ。今度メアド教えてね」


ふんわりと笑って弥生は響子さん達のところに戻って行く。

病院に行く為、三人は一足早く廃工場を後にした。タコ沢は「なんで俺が」って嘆いていたけど、ちゃんと病院に連れてって行くみたいだった。

三人、いや怪我人を合わせた四人の背を見送りながら、俺は口元を緩めてしまう。

俺、女の子からあんな風に笑いかけられて「ありがとう」とか「カッコイイ」とか言われたこと無かったな。面と向かって言われると、少し照れた。

けど悪いもんじゃない。俺の中で宝物になりそう。ああいうこと一生言われないような気がするし。


照れ隠しをするように頭の後ろで手を組むと、ヨウが意地悪く笑ってきた。


「素直に表情に出しても良いんだぜ? 俺、優しいからお前の顔を見ないようにしてやるよ」

「う、煩いな」


ヨウに言われて顔が熱くなった。

もしかして俺、飛び跳ねて喜びたかったのかも。どんだけ俺、こういうことに縁がないんだよ。

なんか嬉しさ半分、虚しさ半分になっちまった気分。

だけどやっぱ嬉しさが勝った。嬉しいもんは嬉しいしな。

表情には出さないよう努力するけど、素直に嬉しさを噛み締めておこう。




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