わりと馬が合う不思議
◇ ◇ ◇
――きりーつっ。
大きな欠伸を一つ零し、俺は学級委員の横野の号令に合わせて皆と一緒に腰を上げる。
担任に頭を下げているのか下げていのか、微妙な態度で担任に気の抜けた声で挨拶をした俺は、終わった同時に大きな背伸びをした。
やっと今日一日のハードな学校生活が終わった。
正直、今日の学校生活はシンドかった。
午前中はずっとヨウ達とふけていて恐い思いをしたし。
昼休みは赤髪の不良さまに追い駆けられるし。
午後の授業は無事に出ることがデキたけど、午前中と昼休みの疲れがドッと出たせいで眠くて眠くて仕方が無かった。
そういえば、午後の授業にどうして出られたかというと、ヨウが午後の授業は出ると言ったからだ。
授業に出ても寝るだけだけど、出席日数の問題があるからとかなんとか……そんな心配するなら最初っからサボらなきゃイイのにな。
欠伸を噛み締めて、身支度をしていると利二が俺に声を掛けてきてくれた。
「大丈夫だったか?」
「おー、大丈夫ダイジョウブ。どうにか助かったよ。そうだ、透。昼休みはサンキュな。あの時のお前、カッケーって」
「地味に活躍したでしょう?」
悪戯っぽく笑った透は俺と利二に「じゃあっ!」手を振って、教室を出て行く。
透は美術部だ。
きっとこれから美術部で絵を描くんだろうな。
あいつ美術系に興味があるみたいで、地味に美術系の話は詳しい。
美術系の話をする時はスッゲー楽しそうなんだ。
俺、画才とか無いから絵を描く楽しさとか芸術の深さって分からないけど。
ちなみに光喜は、既に部活に行っていて教室にはいない。
今日は急いでいかないと先輩達にシバかれるそうだ。
シバかれるなんて物騒な言葉だけど、光喜自身は部活楽しそうだから先輩達に可愛がられているんだと思う。多分。
俺と利二は帰宅部。
つまりどの部活にも所属していない暇人野郎だ。
とはいっても、利二はこれからバイトなんだ。コンビニでバイトしているらしい。
どうしてバイトしているかって、そりゃ小遣い稼ぎ。
深い理由はないと利二は言っていた。
「利二。時間、大丈夫か?」
「少しヤバイな。走れば間に合うとは思うが」
「じゃあ、直ぐに行けって。時間ヤバイんだろ?」
利二は頷き、通学鞄を肩に掛ける。
教室を出て行く際、利二は俺にこう言ってきた。
「あんまり厄介事に巻き込まれるなよ」
それは嫌味なのか? それとも純粋に俺の心配をしてくれているのか?
あまり嬉しくない利二の言葉に、俺は唸り声を上げてしまう。
もう既に厄介事に巻き込まれているような気がするんだけど……そう、ヨウの舎弟になってから。
思わず溜息をついていると、クラスメートのひとりが俺に声を掛けてきた。
「ナニ?」と聞けば、教室の出入り口を指差して真っ青な顔をする。
俺もカラダが硬直してしまった。
クラスメートは、用件は伝えた! とばかりに一目散に教室から逃げ出してしまう。
冷汗を流している俺を他所に凄まじい足音を立てて俺に向かってやって来たのは昼休み、散々俺を追い掛け回したあの赤髪の不良さま。
ところどころ青痣とか目に飛び込む。
これはヨウがやったヤツ。
赤髪の不良さまはヨウに果敢に挑んで、あっけなくヤラれてしまったのだ。
俺、一部始終見ていたけど、ヨウって改めて強いって分かったよ。
というか、赤髪の不良さまにヨウがヤラれそうだったっての、アレ、絶対嘘だろ。
だって圧倒的にヨウが強かったんだもん。
それかヨウが本当に不調だったか。
とにかくヨウは強かった。
赤髪の不良さまは俺の前で立ち止まる。気付けば、俺以外、教室に誰もいない……うわぁ、気まずい。恐ろしい。やっぱ恐いし!
俺は地味な勇気を振り絞って赤髪の不良さまに話し掛ける。
「えーっと、あの……もしかして俺に御用ですか?」
「『昇降口にいる』。荒川庸一ッ、ヨウさんの伝言だッ……クッソー! なんで俺があいつのパシリをさせられているんだ! しかも、パシリし易そうな野郎に伝言なんてッ〜〜〜!」
悔しそうに吼える赤髪の不良さまに、俺は深く同情した。
あの後、ヨウに負けた赤髪の不良さまは、何かあったら仕事をするという……つまりパシリに任命されたのだ。
凄く可哀想だったけど、仕方ないよな。
ヨウに喧嘩で負けたんだし。文句は言えないって。
「しかも、こんな野郎が荒川庸一の舎弟?! アリエネェ!」
「あの……呼び名が、ヨウのことはさん付けじゃないと」
「あ゛?!」
「いえ、ナンデモアリマセン! 俺が無礼者でした!」
すみませんすみませんすみません、もう二度と不良さまに口を出しません!
赤髪の不良さまの鋭い視線に、俺はもう既に逃げ腰。
けど、ヘタレでもチキンでもない!
一般凡人学生が不良から睨まれたら、こんな反応を絶対取る! 断言できる! 俺はさっさと教室を出ようと赤髪の不良さまに背を向けて、教室を飛び出そうとしたが、肩を思い切り掴まれた。
「おい、ゴラァア。テメェのせいで妙なあだ名を付けられたんだぞ」
「ッ、あだ名? いやぁ、俺、まだ貴方様のお名前とか知らないので何とも」
「ふっざけんなー!」
「ギャー! すんませーん!」
ギャーギャー騒ぐ俺に、赤髪の不良さまが舌打ちをして肩から手を離してきた。
心臓がバックバクバクいっている。
ヤバイ、俺、自分の心臓がその内、恐怖のあまり壊れそうな気がする。
俺の様子に赤髪の不良さまが呆れてきた。
「テメェ。そんなんで荒川庸一のッ、ヨウ……さんの舎弟なのか?」
「な、な、成り行きだっつーの。俺が頼んだわけでもなく、成り行きで舎弟にッ……はぁー」
「フーン。成り行きかよ。けど、あいつの舎弟になったってことは、お前、相当厄介な事になんぞ?」
俺は思わず赤髪の不良さまを凝視してしまった。
「相当厄介? 今以上に?」
「はあ? 今のどこが厄介だ?」
馬鹿だろ、お前っていう眼で見ないで下さい。微妙に傷付きます。
赤髪の不良さまは、変にワザとらしい溜息をついてきた。
「あいつは俺達不良の中じゃ、相当有名だからな。その舎弟となっちゃ、テメェもその内なぁ。厄介事なんて可愛らしいもんじゃ、って、おい!」
「やべぇ眩暈が」
これ以上の厄介事が待ち受けていると思うだけで、田山圭太の目の前は真っ白になりそうだぜ。
フラッとヨロけて俺はそのまま、机の上に座り込む。
「俺は地味で平凡で日陰人生を全うしていただけなんだ神様は俺に何の恨みがあってこんな仕打ちをなさったんだっ……神様の馬鹿野郎」
「おい、ブツブツ延々と独り言を唱えているんじゃね。不気味なんだゴラァア」
「取り敢えず、明日からキンパで頑張ってみよっかな。うん、俺も不良になれば……なれる度胸なんてねぇって。なあ、あんたはどうやって不良心を呼び覚ましたんだ?!」
もう赤髪の不良さまをあんた呼ばわり。
それほど俺は色んな意味で追い詰められているってことだ。
だってよぉ、赤髪の不良さまが「これ以上に厄介事が起こる」なんて言ってくるんだぞ? そりゃもう、色んな意味で精神的に追い詰められるだろ。
赤髪の不良さまは「そうだな」と腕を組み、俺を見据えてきた。
「取り敢えず、」
「取り敢えず?」
「昇降口に行け。さっさと行かないと俺が荒川庸一……ヨウ…さんに、とやかく言われる」
微妙な、沈黙が俺達を襲った。
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