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何がしくったって全部しくった!




(こいつと一緒に帰るのはしくったかもしれない)



学校を後にした俺はチャリを押しながら早々後悔していた。

良くも悪くも荒川庸一という男は目立つ。

こうして肩を並べているだけにも関わらず、纏う空気が俺とまったく異なっているとみた。

肩を並べているだけなのにも関わらず、漂ってくるオーラがイケていた。


空気までイケているってどういうことだいおい。


隣を歩く俺のツラのおかげさまでキャツのイケメンが一層煌いているように見えるのは、もはや気のせいではないと思われる。


ええい、イケメン滅びろ! バルス!


「なあ田山。あの時、気付かなかったのか? 車輪で人を踏んづけたこと」


話題を振られ、心中でバルスを連呼していた俺は愛想の良い笑顔を作ってかぶりを振る。


「犬猫のフン、もしくはガムだと思ったんだって。俺、家に帰って車輪をチェックしたくらいだし。荒川はどうして喧嘩を売られたんだ?」

「んー、なんでだっけ?」


売られた喧嘩の内容なんぞ一々憶えていないと頭部を掻く。

その動作がキッラキラ輝いて見えるのは、俺の目に補正でも掛かっているのだろうか。ぐぎぎっ、惨めだ。俺が同じことをしてもキッラキラも補正も掛からないのに!

横目でキャツを見やる。


ふわっ、と慣れない甘い香りが鼻腔を擽った。

香水をふっているようだ。不良さまは目に見えない場所すら着飾るんだな。


だけどすべてを僻んで拒絶することはできない。

気さくに話題を振って話を盛り上げてくれるところとか、会話のリズムとか、笑うツボとか、俺とすっげぇ気が合うんだ。人は見た目だけじゃないんだと思う。


今日だけの我慢だと思いながら、楽しく会話を繰り広げていると前方から怒声が飛んできた。


びっくらこいて足を止める。

荒川も気だるそうに足を止めた。

揃って前を確認、「ゲッ」俺はつい声を上げてしまった。俺達の前に仁王立ちしているのは、チャリでぶつかりそうになったあの不良さま。


やっば、俺、この人をチャリで踏んづけたんだよな。記憶にないけど。


千行の汗を流す俺を余所に、赤髪をオールバックにしている不良は関節を鳴らしながら荒川を睨み付けた。


「やっと見つけたぜ荒川庸一。日曜はよくもやってくれたな。あの時の雪辱、今此処で返してやるぜ!」

「あー、おとついくれぇにチャリで踏まれていた負け犬くん。何だよ、わっざわざ俺を探しに来てくれたのか?」

「誰が負け犬だゴラァ!」


くわっと血走った目を見開き、鼻息を荒くする不良に縮みこんでしまう。


ひええぇぇぇ、怖っ。怖ッ!


しかも、チャリの話題は触れないで! チャリで踏みつけたの俺だから! 加害者は此処にいるのよ!


「メンドクセェな」


今日は喧嘩をしたい気分じゃない。

荒川は面倒な顔を作って呑気に欠伸を一つ零していた。

それが癪に障る態度なのか、向こうのボルテージがグングン上昇。

一方的ではあるけど一触即発の雰囲気になった。


うっわぁ、これはヤバイ。喧嘩の雰囲気が漂い始めたぞ。俺は喧嘩なんてごめんなんだけど、ごめんなんだけどな!


ふと赤髪オールバックと目がかち合う。

内心でビビっている俺はやや体を引いた。こめかみに冷汗が伝う。なにやらヤな予感である。


「そのチャリ。その面。見覚えが」


ドキリ、嫌な方に心臓が高鳴る。

「俺は覚えがないよーなー」

白々しく誤魔化してはみるものの、


「ダァアアア! 貴様はあん時の奴じゃねえかー!」 


うぎゃあああ! 顔を憶えてやがったよこいつ!

しかと俺のことを憶えてくれていたよっ! やっべぇ、マジでやっべぇ! これは非常にヤバイ!

「あん時はよくも踏んづけてくれたなっ」

「いや、あれはですね。こ、故意的じゃなかったんですよ」

「犬猫のフンだと思ったもんな?」

「そうなんだよ。あははっ、家に帰ったら車輪をつい確かめてしま……いえっ、これには浅いわけが!」

この人は俺を窮地に追い立てたいのだろうか? 向こうのボルテージが更にツーランクアップしちゃったじゃんかよ。

あの時のキャツだと分かった目前の不良さまは、ガンを飛ばし一歩足を前に出した。


「来るぜ」


荒川庸一が軽い口振りで物申す。

「く、来るって」

どぎまぎに前方を見やれば、地面を蹴って猪突猛進してくる不良さま一匹。


この時点で頭が真っ白になった俺は、危険が突進してくると本能で察知。


「殴られるのは」咄嗟にチャリのカゴに入れていた通学鞄を、「ぜってぇ」手に取り、「ごめんだ!」気付いたら相手に向かって投げていた。

やっちまった……我に返ると同着のタイミングで俺の鞄は相手の顔面に命中。

不良さまはその場にしゃがんで顔を押さえていた。


「ご、ご、ごめんなさい。あの、自己防衛が働いて……無事ですか?」


身悶えている様子からして、無事じゃなさそう。

ですよね、俺の通学鞄には教科書等がひしめき合っているので重量感たっぷり。

投げられたら凶器にだってなっちゃうんだぜ!


呆気に取られていた荒川は、「な。ナイス」俺の行動に大声を上げて爆笑。

イケメン不良くんはどんな顔をしても格好良いらしい。

爆笑するお顔も女子達が見たら黄色い悲鳴を上げるに違いない。羨ましいな、ルックスの高い人は。


なんて、思っている場合じゃない。


絶対に許してもらえないと悟った俺は通学鞄を取りに行くためにチャリを一旦その場に置き、素早く鞄を回収。

次いでチャリに跨り、「荒川乗れ!」ペダルに足を掛けて後ろに乗れと指示する。

軽く瞠目する荒川。

だけどすぐに綻んでチャリの後ろに乗ってきた。


「一人で逃げることもできるだろうに。節介な奴」


ははっ、そうできたらしたいっつーの。

だけどな、そんな薄情なことできるわけないだろ? 追々のことを考えるとさ!

それにニケツなんて本当はしたくない。

今の時代、ニケツは罰せられるんだぜ?


でも、交通違反と命。

どっちが大切かってそりゃあ命だろ! 自分イチバンだろ! 俺は自分が可愛いよ!




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