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すると荒川庸一が意味深に静かに語りだした。


「実はなその日、俺はコンビニ前で野良不良に絡まれていた。いつものことだ。気に喰わないからつって、この俺に絡んできた。命知らずもいいところだよな? 俺に喧嘩を売ってきたんだぜ?」


俺に同意を求められても困ります!


「けどな、その日の俺はどうも不調だったんだ。超悔しい話なんだが、絶不調も絶不調で。絡まれていた奴に押され気味だった。つまり敗北しそうだったわけだ。負けたくねぇし、だからって逃げるのも癪。どうしようか考えていた、ら、チャリを爆走させてこっちにやって来るひとりの男がいた」


あ、思い出した。


コンビニに向かっている途中、俺、不良さんらしき二人に会った。

曲がり角を曲がったら、不良さん二人がどどーんっと道の真ん中にいたからスッゲェびびった。しかもその内の一人にぶつかりそうになったんだよな。

間一髪でハンドルを切ったから、ぶつからずに済んだんだけど。


その不良さん二人の内の一人が荒川だったなんて。


あの時、スッゲー急いでいたから気付きも見向きもしなかった。

お、俺……命知らずだよな。
かの悪童・荒川庸一とぶつかりそうになっていたなんて!


「絡んできた奴に突っ込みそうになった男のおかげで、俺は隙をつくことがデキたわけだ。逆転勝ちしたんだぜ」

「は、はぁ……それはオメデトウございます」


もしも俺が荒川に突っ込んでいたらどうなっていたのだろうか? ……想像するだけで胃に穴があきそうだっ、考えなかったことにしよう。


「更にこの話には続きがある」

「え、俺。まだ何かシでかしています?」


「あれは伸した相手を道に放置して、その場を去ろうとした時だ。例のチャリ爆走男、そうテメェはあの場所に戻って来たんだよ。テメェは急いでいたようで、びゅんびゅんチャリを加速させていた。

だからか、気絶している不良に気付かず、腕を車輪で踏んづけちまったんだ。

感触によって、何かを踏んづけたことに気付いたテメェはチャリを漕ぎながら、こっちを振り返って、こうのたまった。

『犬のフンとかじゃ、ないよな? 今踏んだの』

いやちげぇよ。お前、不良を踏んづけたんだよ。なのにテメェは道端に寝転がっている人間を、まさか自分が車輪で踏んづけたとも思っていないのか、

『気持ち悪い感触だったなぁ。うぇっ、犬のフンだったらマジついてないや』

犬のフン。あいつ、不良を踏んづけて、犬のフンで結論付けやがった。ボケーッとテメェを見送った俺は、この後大爆笑だった。久々に腹抱えて笑ったぞ」


思い出し笑いをするイケメン不良・荒川は、口元を押さえて「マジ爆笑」と笑いを噛み殺している。

俺は頬を掻いて、荒川庸一の様子を見守ることしかできなかった。


(人の腕だったのか。あの感触。ぜってぇフンだと思っていたんだけど)


一頻り笑いを噛み殺していた荒川は落ち着きを取り戻したのか、「仲間に話したらウケていたぜ」と言ってくる。


「月曜、学校に来てみりゃ、あのチャリ爆走男を見かけた。興味があった俺はそいつのことを調べた。それが田山圭太、超地味で平和主義そうなフッツーの男子生徒だったわけだ」


反論できないことがスッゴク悔しいんだけど。

どうせ地味ですよ。普通ですよ。貴方さまと比べれば、モテない冴えない微妙な日陰男子生徒ですよ。

「じゃあつまり俺が呼び出されたのは……」

相手をチラ見すると、

「もち礼を言うためだ」

これでも義理堅いのだと荒川は意気揚々に答える。ガムはお礼の品だとか。


体中の力が抜けそうになった。


よ、よ、良かった! 俺はリンチにされるために呼び出されたのではなく、単にお礼を言われるために呼び出された男なのですね!


お礼を言うなら体育館裏に呼び出しをしなくても良いじゃん。

その場で直接言ってくれたら良かったじゃん。

片隅で思うけど、そんなツッコミも入れられないくらいに嬉しい。ほんっと安心した!


「わざわざありがとうございます。なんだか季節はずれのバレンタインプレゼントを貰った気分ですよ」

「やめれやめれ。男同士で友チョコとかハズイだろうが。しかもバレンタインとかいい思い出ねぇんだ」

「荒川さんはモテそうですもんね。キャ、田山ジェラシー!」

「お前何キャラだよ! いや、俺、ホワイトデーが誕生日なんだ。誕生日なのに出費って……むなくねぇ?」

「ごめんなさーい。俺、モテない男なんでその虚しさには共感できません」


安心のあまりに素の性格が出てしまうけれど、荒川は気にすることなく笑声をもらしてくれた。

感動だ。悪童と呼ばれた荒川と普通に会話しているなんて!


……けれど相手はやはり不良。俺とは対照的な生徒。長々関わりたいとは思わない。

うん、長居は無用だ。和気藹々とした空気のままお暇(いとま)しなければ!


「田山って家近いのか?」

「はい。チャリ通です。家から近い高校を選びたくって。ついでに学もそんなになくって」

「ははっ、俺も俺も。電車通とかメンドーだよな」


お、お、お暇したいのだけれど。 


「俺、色々噂になってるじゃん? けどよ、デマが多いんだ。この前なんて『一人で不良を百人斬りした』とか流された。俺は最強か! 一人で百人を相手にするなんてもはや人間じゃねえだろ。腕っ節はあるけど、そこまで凄ぇことはできねぇって」


「でも喧嘩は強いんでしょう。荒川さん」

「そりゃあ強いとは思うけどよ。一度に百人できるほど、俺も超人じゃねえって」


「荒川さん。もしかしたら超人かもしれまんせよ? まさか、かめはめ波なんてものが「できるか!」


お暇できねぇよい、この空気!


早く会話に区切りをつけて帰りたいのだけれど、いつの間にか笑声を上げ、クダラナイ話に花を咲かせてしまう。 


俺にとっちゃ所謂現実逃避なのだけれど、荒川が話題に乗ってくれるから楽しく会話することができた。

普通の俺が言うのもなんだけど、荒川って表向きは着飾っているけれど、中身は普通だ。ほんと、普通の高校生。

もっと大人っぽいのかと思っていたけれど、俺のクダラナイ話で笑ってくれるし乗ってくれるんだ。


おかげでこっちも気兼ねなく話せる(気持ちは帰りたいけどさ)。


ガムを噛みながら談笑していると、

「田山チャリ通だろ? 俺、徒歩通なんだ、途中まで一緒に帰ろうぜ」

心の奥底では戸惑いつつも、

「いいですよ。ちょっと待っていて下さい。駐輪場からチャリを取ってきます」

「いや、ついて行く。その方が早いし。田山ってオモレェから、まだ駄弁っておきてぇし」

「じゃあお言葉に甘えさせてもらいますね。荒川さん。行きましょうか」

「やめやめ、敬語は聞いていて疲れる」

爽やかなイケメンスマイルを向けられたけれど、遺憾なことに俺の胸にときめきは込み上げてこない。

んー、タメ口ご要望か。

不良は怖いけど、荒川庸一という不良さまはすごく怖いけど、でも、こうやって自然に話せているわけだし、本人もこう言っているんだ。俺は遠慮なくタメ口を使うことにした。


「んじゃ、行こうか。荒川」


快諾のかわりにタメ口を使って駐輪場に足先を向ける。

満足げに笑う不良が視界に入ったのはこの直後のことだった。



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