21-17
「しまった!」
ヨウは血相を変えて走った。
向かうは怪我人の下。相手はドラム缶を崩し、怪我人の下に雪崩れ込ませるつもりなのだ。
ターゲットを怪我人に絞るなんざ最悪だろう、なんて相手の卑怯非道な行為に思う間もなくヨウは怪我人の前に立ち、腕を取って抱えると、怪我人を引き摺るように連れて、その場から逃げた。
「重ぇ。てか……クソッ、なんで俺がこいつを守るとか。守るとか。手前で言ったものの……っ、なんか癪だっ。と、アッブネ?!」
ドラム缶が目の前に転がって来たため、ヨウは立ち止まってやり過ごす。
危なかった。
ホッと胸を撫で下ろすヨウだったが、ガンッ、ゴンッ、ドンッ、次から次に転がってくるドラム缶の群に悲鳴を上げたくなった。
もはや喧嘩のレベルじゃないだろ、これ!
灯油とか持参して火を熾している時点で喧嘩のレベルを超してやがる!
後始末とか考えてないだろ!
警察沙汰にでもなったらクソメンドクセェのに!
急いでヤマトを背負い、ドラム缶の雪崩れから逃げる。
相変わらず火の手は広がる一方、寧ろ火事にでもなりかねない勢いなのだが、五十嵐はどれほどの灯油を持参して二階フロアにばら撒いていたのだろう。
やることなすことすべてメンドクサイ奴だと思いつつ、ヨウはヤマトを連れて逃げた。
勝利の一旗を挙げるにはまず怪我人を第一優先として考えなければ。
それに彼女に守ると宣言してしまったのだ。
守れなかった、では示しもつかないではないか! ……それに泣くではないか、守れなかったら彼女が。泣かれたら困る、すこぶる困る。
(あ、そうか。ヤマトの奴……だから帆奈美を放っておけなかったのか。不安に駆られたあいつが、隠れて泣いていたのを放っておけなかったから)
好意を寄せてるなら尚更だよな。
苦笑を零したヨウだが、「五十嵐卑怯だぞ!」正々堂々と勝負しやがれ、気持ちを切り替えて相手に勝負の異議申し立てをする。
ドラム缶の攻撃も止んだところだ。
今度こそ怪我人を安全な場所に隠して、相手と拳の勝負をしたいところなのだが。
パチパチッ、燃える炎と空気の煙たさに咽ながらヨウは相手を目で探す。
手摺付近までやって来たが相手は見つからない。
まさか手摺を乗り越えて? ……いや、下ではタコ沢達がドンパッチしている。五十嵐の姿は見つからない。
何処からとも無く鼻で笑う声が聞こえた。
一体全体何処から声が、警戒心を高めていたその時「右後ろだ」弱々しい声が助言してくる。
急いで前へ跳躍すると、右後ろから勢いづいた巨大S状フックが飛んでくる。
クレーン車の先端についているようなそのS状フックは天井の鎖と連なっており、金属の重量感は見るからにありそうである。
「油断しているんじゃねえ……」
荒い息遣いで悪態を付いてくる怪我人はどうやら気がついたらしい。
「テメェのせいだっつーの」
背負っているせいで見えなかったのだとヨウは憮然と答える。
「くたばりそうなら遺言くらい仲間に伝えておいてやる。ヤマト」
「そりゃありがてぇ……後で……覚えてやがれ」
「うるせぇ怪我人。この貸し、三倍どころか十倍で返せ、よっ、とっとっと?! アッチィ!」
先ほどのフックが反動で戻って来たため、それを可憐に避けてみせたヨウだったが、その際灯油が撒かれている床へ避けてしまい、制服のズボンに火が点いた。
「アチッ!」どうにか自分の足で揉み消すヨウに、「マヌケ……」何をしているんだとヤマトは溜息を吐く。
コノヤロウ。
人が必死こいて守ってやっているのにその言い草、この場で落としてやろうか。
こめかみに青筋を立てるヨウだったが、ゼェゼェ息をついている相手にそんなこと出来る筈も無く。早く仲間達が此処にやってくることを願った。でなければ、自分も喧嘩に集中できない。
その時だった、別の巨大S状フックがヨウの死角に襲い掛かったのは。
避けることも儘ならず、どうにか怪我人のヤマトをその場に落としたまでは良かったが、そのまま勢いづいた重量感あるS状フックのせいで手摺から上半身を越してしまう。
上半身が手摺向こうに持っていかれるのならば、胴と繋がっている下半身も自然と持っていかれる。
「荒川!」
ヤマトの怒声を耳にしつつ、ヨウは現状に瞠目するしかなかった。やべっ、このままじゃ落ちる。
「ヨウ―――!」
ガックンと体が揺れ、強い力で体を前に引き戻されたのはその直後。
脱臼してしまうんじゃないかというような痛みが肩に走ったが、それ以上に、驚いたのは……「うわっちっ!」「うぎゃっつ!」勢いのまま転倒するヨウは、助けてくれた相手を下敷きに。呻き声を上げている救世主はヨウの下でもがいている。
「アイテテテ。あーあ……何もこんな時まで、ブラザーと同じ運命を辿ろうとしなくてもいいじゃないっすか兄貴。落ちたら、モロ俺と運命共同体。というか、退いてくれっ、重い! ヨウ、マジ重!」
まったくタイミング良過ぎるだろ、我がジミニャーノ舎弟くんは。
ヨウは思わず笑声を漏らしてしまったのだった。
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