10-27 「三ヶ月は経っていると思いますよ。俺は日賀野達と本格的に対立する前からヨウの舎弟でしたし」 「てことは、先輩だな。こっちはまだ二週間も経っていないんだ」 わぁお、予想外。 不良ともあろう桔平さんの方が舎弟歴が短いなんて。 それまで浅倉さんは舎弟を作らなかったのか? 桔平さんの横顔を見つめていると、此方の心情を見透かしたように桔平さんが口を開いた。 「俺は二代目」 冷気を纏っている風が吹き抜ける。互いのブレザーが靡き、音なく揺らめく。 「和彦さんにはちゃんと舎弟がいたんだ」 今は向こうにいるけどさ。桔平さんが苦々しい笑みを浮かべ、静まり返る空気を裂く。 ちゃんと舎弟がいた。 今は向こうにいる……じゃあ浅倉さんの舎弟は分裂する際に舎兄の元を離れて行っちまったのか? 瞠目する俺に対し、「良い奴だったんだけどな」向こうに行っちまったと彼は悔しそうに唇を噛み締める。 「和彦さんとタメで、舎兄を心底慕っていた気の良い奴だったんだけどな。今も信じられないよ。あいつが、榊原についちまうなんて」 分裂する際、浅倉さんの舎弟は榊原についた。 裏切りと言ったらそれまで。 けれど桔平さんは、「理由があったんじゃないかと思うんだ」その舎弟のことを未だに信じている節が見受けられる。 曰く、傍から見ればベストコンビだったそうだ。 何をするにも一緒で、喧嘩をさせれば阿吽の呼吸で相手を蹴散らしていた。 ハリボテコンビには到底見えなかった。 浅倉さんは舎弟を可愛がっていたし、舎弟も浅倉さんを馬鹿みたいに慕っていた。 そんな姿を見ていたからこそ、信じることが出来ないのだと桔平さんは言う。 「今は和彦さん、ああやって笑っているけど……分裂直後は随分と落ち込んでたんだ。特に舎弟との決別は心底堪えていた。そんな和彦さんを支えたくて、俺は自分から舎弟に志願した。初代とは比較にならないくらい実力不足だってことは承知の上。でも見てられなかった。あんなにも無理に笑う和彦さんを」 チームに負担を掛けないように笑っていたけれど、痛々しくて見てられなかった。 素直に落ち込んでくれた方が良かったのに、浅倉さんは桔平達の前で気丈に笑っていたと言う。 「もしもアイツがこっちに残ってくれていたら……そう思わない日はないんだ。そんなにも脆かったのかな、舎兄弟の絆。結局は他人。何かあればスッパリと切れる縁なのかもな。ダチと縁を切ると同じようにさ」 俺は右の人差し指と中指をすりあわせる。掛ける言葉が見つからない。 「だから、お前等を見ていて励まされた」 一呼吸置き、桔平さんが口角を緩ませる。 驚き返る俺は、「え? 俺等を見て?」思わず聞き返した。 「だってお前等ってさ。仲間は勿論、舎兄弟の仲がすっげぇ深そうじゃんかよ。当たり前のように仕事を任して、それをやってくれる。それに応える。強い信頼を垣間見た気がする。お前と荒川は異色コンビって聞いていたし、目の当たりにしてそれは頷けた。でも上手くやってるじゃん。三ヶ月以上も続いているなんてスゲェことだよ」 お前等みたいに仲が深かったら、舎兄と舎弟が敵対することもなかったんだろうな。 物寂しそうに言う桔平さんだけど、そんなことないと言いたかった。 でも言えなかった。彼の胸に抱く希望を壊してしまうような気がしたから。 俺はダンマリになって夜空を仰いぐ。半月と顔を合わせながら、ぐるぐると物思いに耽る。 あの時、日賀野が俺を舎弟に誘ってきた……そう、利二が止めてくれなかったら、あの日あの時あの瞬間。 もしも俺がヨウじゃなく日賀野を選んでいたら。 ヨウの舎弟を一蹴して、日賀野の手を掴んでいたら、俺とヨウは今の関係を築けなかった。 こんなにもチームメートと仲良くなれなかっただろうし、ヨウ信者のモトが俺を舎弟だと認めてくれることもなかっただろう。 キヨタが俺を兄分だって慕うこともなかった。 ワタルさん、シズ、ハジメ、弥生、響子さん、タコ沢……それにココロ。皆ともこんな風に過ごすことなんてできなかった筈だ。 ただ、もしも俺が向こうのチームについていたら、健太と絶交宣言を交わすこともなかった。 (俺がヨウの舎弟を捨てていたら、浅倉さん達のようになってたのかなぁ。ヨウ達と敵対してたのかなぁ) だとしたら、浅倉さんとその舎弟さんの姿は“別”の未来の俺達を見ているよう。 別の道を選んでた俺等の未来を、今こうしてまざまざと目の当たりにしている気分だ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |