00-09
昼休み終盤。
学食堂で鬼ごっこを思う存分楽しんでいると、鈴理先輩から別個で呼び出された。
その意味深な面持ちに何かあるのだと察し、俺は逃げていた足を止める。
すると追い駆けて来る鈴理先輩の足も止まった。
あがった息をそのままにこっちだと誘導してくるあたし様。
瞬きを数回繰り返し、脇に抱えていたチラシの束を抱えなおして彼女の後を追った。
廊下を出た俺達が肩を並べて歩くと、生徒達の視線が流れてくる。
それだけ噂になった元カップルだ。
破局した俺達がこうして肩を並べて歩く行為にスキャンダル性を感じるだろう。
野次馬魂を宿した瞳がきょろきょろっとこっちを向いた。
「まったくもって鬱陶しい」
鼻を鳴らす鈴理先輩に、仕方がないではないかと微苦笑を零す。
それだけ破天荒なバカップルっぷりを生徒達に見せていたのだから。
一種の自業自得、だろう。
尤も、襲われかけていた俺は限りなく被害者の立ち位置にいたのだけれど。
「空、傷はどうだ?」
首を動かした彼女のウェーブのかかった髪糸が靡く。
相変わらず綺麗な髪だと恍惚に見つめ、問いに返事した。
「俺は平気っす。けれど」
それ以上のことは言えず、口を閉ざす。
彼女の指した傷は体と心を指している。
少なくとも俺の心身は当時より癒えていると明言できた。
自身でも、恐怖心が些少は払拭されていることが分かる。けれど。
否定的な接続助詞を発した俺の面持ちを一瞥した彼女が、「時間を要する問題だ」焦って癒そうとしてもそれは逆効果だと助言してくる。
「男嫌いが悪化しなければ良いのだがな。あいつの男装精神の根底には、常に祖父の存在が翳(かげ)を落としている」
胸の内を見透かしてくるあたし様に首肯した。
「今や御堂財閥は内争しています。実の孫をまた狙わないとも限らない」
「それだけではない。大手の一財閥の内争は他の富豪にとって隙を突けるチャンスだ。統一の調和が決壊するということは、それまでの経営や方針がスムーズに運ばなくなるということ。上を目指す富豪はこの機を逃さない。ましてや時期財閥候補が、この業界に関して無知と周囲に知られてしまえば」
いずれ御堂財閥は他の財閥に食われ名声を失う。
凛と澄んだ声音が鼓膜を打つ。自然と足を止め、前進する彼女の背を見つめる。
直進していた彼女は寄り道をするように、等間隔に並んでいる窓辺の一つに歩んだ。
窓枠に手を掛け、半開きになっている窓を全開にする。
目に見えない微風が彼女の髪を梳いたのが動きで分かった。
「正しく言えば、源二さん側の人間が他の富豪に食われる可能性がある。五財盟主と呼ばれた淳蔵さんが他の富豪に食われるなど、そうはないだろう」
持っていたチラシの束が微風に煽られ、パタパタと乾いた音を奏でた。
「これは一般論だ」
客観的な意見だと鈴理先輩は、二重の眼をアーモンド形に細める。
「本音を言えば、空、あんたは財閥向きの男ではない。常に利害と支配と欲が渦巻く財閥界に合っているとは思えないんだ。それは玲も思っているだろう。あんたが思うほど、この世界は綺麗ではない」
強い眼光を宿した視線を受け止め、
「なら努力するまでっす」
財閥界に相応しい男になりますよ。
それが御堂先輩を守る道に繋がるなら。
薄っすらと口角を持ち上げてみせる。
間髪容れず、鈴理先輩が苦笑した。「あんたならそう言うと思った」
「しかし、それは無理だ。何故ならば、あたしや周囲が止めに入るから。相応しい男になるということは、それまでの自分を捨てるということ。それこそ玲泣かせでは? あんただって嫌だろ。玲が財閥に相応しい女になるなど」
財閥に相応しい人間になる、それは常に利害と支配と欲を胸に秘める人間になるということ。
婚約者がそんな人間になってしまったら……、想像した俺はとても悲しいな、と思った。
御堂先輩は今のままが一番だ。
勿論、同財閥界にいる鈴理先輩や大雅先輩、宇津木先輩にも同じことが言える。
「空が財閥界の人間になるなんてな」
今でも夢のようだと鈴理先輩が目を伏せる。
俺も夢を見ている気分だ。財閥の人間と関わりを持ったことすら夢のように思えるのに。
「庶民出のことは極力公表しない方が無難だ。狙われるからな」
とはいえ、婚約生活がどれほど続くかどうか。
一変しておどける鈴理先輩が可愛らしく微笑んだ。
「あたしは諦めていない」
あんたの気持ちも知っているしな。
ウィンクしてくる彼女に、愛想笑いを浮かべる。
精一杯できる反応だ。
「仮にあんたが狙われたとしても、あたしがそれを阻止するさ。なにせ、あたしは騎士なのだからな―――…あんたが危機に陥ったらいつだって駆けつける」
知っている、貴方はいつだって駆けつけてくれた。
「ありがとうございます」
心配して個別に呼び出したのでしょう?
俺の問い掛けに、「玲と差別化をはかるための行為だ」照れ笑いする。
それだけじゃないことくらい俺には分かりますよ、先輩。
「先輩は御家族とどうですか?」
触れてはいけない領域かもしれない。けれど俺は聞かずにはいられなかった。
「相変わらずだ。父さまや母さまと殆ど口を利いていない。姉妹とは良好なのだがな」
明るく返すあたし様が俺の前に戻って来る。
自身の問題すら前向きに捉えるようになって……先輩は良い方に変わったな。
凄く成長している。
俺も負けていられないや。
契機はなおざりでも、これから進む財閥界は俺の意思で飛び込むと決めたこと。
御堂先輩を守れる道がこの道だというのなら、今は進むしかない。
財閥の子息候補として今はがむしゃらに。
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