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00-08




「うちもバイトを始めたんだ」



綺麗に折り目を付けて、チラシを半分に折りたたむ川島先輩が話題を切り出してくる。

何のバイトだと尋ねれば、うどん屋のバイトだと彼女は教えてくれた。

主にカウンターを担当していて、先週から働き始めているのだと俺達に話す。

時給は700円ちょっきし。


高校生だからいい稼ぎにはならないけれど、三時間程度でも雇ってくれるからそこに決めたのだとか。

勤務は土日を含めた週五。平日は学校が終わり次第、バイト先に向かっているんだって。
 

「卒業したら海外留学をしたいんだ。だからどうしてもお金が欲しくて。結構お金がいるんだよね……海外留学。十万、二十万で行ける世界ならどうとでもなるんだけど」
  
「短期でも掛かるみたいですもんね」

「そうなんだよね。奨学金も当てにはなんないから、今からでもコツコツと溜めようと思って」
 

どうしても海外で勉強したいらしく、これからは英語にも力を入れていきたいと川島先輩は意気込む。

「んなに海外に行きたいか?」

俺は旅行で十分なんだが、大雅先輩がそこまで勉強をしたい理由が分からんと肩を竦める。

「簡単に海外旅行に行ける坊ちゃんには分からないだろうね」

けど一般家庭の子が海外留学をするとなると大変なのだと、彼女はぶう垂れた。
 

「バイトをすれば社会性が身に付くと思ったし。親は勉強がおざなりになるからって反対したけど押し切った。もう三年になるんだ。自分の進路だって考えたいじゃん?」


そっかぁ、先輩達はもうすぐ三年生なんだよな。

俺も二年になるのか。早いな。
一年でいろんなことがあったよな。濃い一年だったよ。
  
「早苗は凄いな。あたしも進路を考えなければ……、うむ、取り敢えず、空のお初を頂くことが最優先だろうか。玲と決着をつけなければならんしな。空、18になった日が楽しみだな。ウェディングドレス姿の空もいいが、白無垢姿の空もそそる」

「これでも俺は婚約の身の上なんです。そういう発言は勘弁して下さいよ。あと挙式の妄想はスーツでお願いします」

冷静に返事できるようになった俺も成長したよな、ほんと。


「萎えるような発言をするな。女装ネタはケータイ小説の王道の一つなんだぞ! 女装を強いられ、羞恥のあまりに半べそを掻く空をあたしは美味しく頂くつもりなのだ。引っ切り無しに喘がせる姿は興奮するほどいいじゃないか!
……むっ、いかんいかん。想像しただけで空腹になってきた。性的な意味で」


前言撤回。
俺はまだまだ未熟者だ。

「先輩の変態!」

なんて妄想をするのだと折ったチラシをバタバタと振りながら相手に物申す。

「馬鹿め」

あたしは欲に忠実なだけ。

欲を持つ人間ならば誰だってそうだろ?


つまり、人間は誰もが変態なのだ!


罵っているあんたも変態に属するのだと起立した鈴理先輩が指差した。


非常に失礼な発言である。良識ある市民を侮辱する台詞だ!


「仮に俺が変態だとしても、先輩よりかはマシっす!」

「あたしのキスでびくびく感じていたのは空ではないか。場所問わず感じるなんて、なあ?」


シニカルに笑うあたし様のあくどい顔と言ったら。

俺も起立して、彼女をどどーんと指差した。


「場所問わず襲うアータが悪いっす! それに先輩こそ守備は弱いじゃないですか。俺が不意打ちのバードキスを仕掛けたら、お姫様のように赤面していたっすよねぇ」


あれはいつのことだったかなぁ。

頭部を掻いてボケボケに思い出す振りをする。


「なっ」鈴理先輩が珍しく頬を紅潮させた。

ぐぎぎっ、悔しそうに握り拳を作り、


「言うようになったではないか」


空のくせにあたしに楯突くなんて生意気な!
今すぐ調教してやると戦意を見せてくるあたし様。

勢いのまま俺の手首を取るとがぶり、指していた人差し指に噛み付いてきた。


「アイッター!」


噛むなんて卑怯っすよ! 悲鳴を上げ、ぶんぶんと右腕を振る。


食らいついて放さない鈴理先輩は人のネクタイを掴むと、これまた強引に引いてきた。

前へつんのめる体、テーブル越しに重なる唇、指していた手とは反対側の左手から滑り落ちるチラシ。
 


「そーらっ」


 
鈴理先輩の唸り声が聞こえた。

顔の前に翳していたチラシの束をそっと退けて、「ごめんなさい」向こうで憤っているであろう先輩を見やる。


これでも財閥の子女と婚約している身の上。そう簡単に他の女性とキスをするわけにはいかない。

たとえ、それが元カノの鈴理先輩であろうと同じ事が言える(いや元カノだからこそ不味い、というか)。
 

かくしてチラシとキスする羽目になった俺と鈴理先輩。



「あ。しまった。これ商品なのに……っ、やべ」
 


デリカシーのない発言をしてしまったことにより、鈴理先輩の闘争心は完全に焚きついてしまった。


「キスよりチラシの心配か!」


もう許さんっ、あんたは目隠しと拘束の刑だ!

声が嗄れるまで鳴かせてやる!


どす黒いオーラを纏った先輩がお行儀悪く長テーブルを踏み越え、俺の前に着地する。

大事な商品(チラシ)を脇に抱えたまま、大慌てで彼女から逃げる。

勿論、彼女は俺の後を追って来た。
 

「こら待て空! このあたしに喧嘩を売ったのだから、それなりの覚悟があってのことだろう!」

「だ、だって先輩が!」

「あたしだけに責を擦り付けるつもりか!」


賑わう学食堂でガチの鬼ごっこを始める俺達の様子を眺めていた大雅先輩が、頬杖を付いてぽつり。

  
「俺の目から見たら、揃って公共の場で阿呆な発言をしているあいつ等そのものが変態だぜ。ったく、自重しろよ」
 

うんうんっと宇津木先輩と川島先輩が頷いて納得している様子は目に入らなかった。
  



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あきゅろす。
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