02-20
「お互いに金のない身分出身。金のある人間には決して逆らえないし、逆らうことはできない。
空さまならお分かり頂けるでしょう? 金のない人間の力の限界を。結局、今の世の中も金が物をいう時代。どのような努力をしようと金のない人間は弱い。特に先進国である日本国は金のない家庭を世間ではどのような目で見ていると思います? 金がないのは“お前達の努力不足”だ、ですよ」
生活保護を受けている人間にも優しくないし、もっと努力をしろと強いる。
ワーキングプア層にいた貴方なら分かる筈。
どのような時間を割いて仕事をしようとも、その金額が少なければ“努力不足”で片付けられてしまう無情な世の中を。
そう、金があるから人は豊かな教育を受けられ、将来性の高い学校に進学できる。
そして輝かしい未来を切り開くことができるのだ。
けれど金のない人間は高い教育も受けられず、高額な受験料に涙し、進学を断念する者も多い。
借金をして進学する者も多いが、そんな人間が皆、幸せになれるかと言ったら否。
奨学金を返せず、踏み倒す現状がそこにはある。
語り手はシビアな現実を語り、
「金のない僕達は弱い人間です」
一度財閥界に関わったら逃げることもできず、かと言って相手を伸す力もない。
だから金のある人間にひれ伏すしかない。
それが金のない人間の宿命だと力なく笑った。
数少ない博紀さんの素顔に思えるのは、何故だろう? あ、確かこの人は施設で育って……。
「そんなこと」彼の言葉を頭から否定しようとする御堂先輩に、「金のある人間には分かりませんよ」博紀さんはそっけなく返す。
「人間には金を媒体に見えざる身分の壁がある。それは財閥界に限ることではありません。お嬢様、僕もね、空さまと同じように会長から絶対的なご命令を受けているのですよ。“君は御堂家のために生き、そして死になさい”と。
馬鹿げた命令ですが、僕は素直に服従している。何故でしょう? 簡単です。権力を買う“金”がないからですよ。そんな人間の末路なんて決まっています。ポンコツになるまで利用される。それ以上も以下もありません」
その論理でいくと俺に向けられた“君は御堂家のために生き、そして死になさい”という命令は継続されているのだろう。
脳裏に淳蔵さんの意味深に笑う姿が過ぎる。
会長と呼ばれた五財盟主のひとりは何を思って命令をしたのだろうか。
それとも“なんとも思わず”に命令したのだろうか。
会長の性格上、きっと後者だろう。
所詮俺は彼の手駒の一つにしか過ぎないのだから。
とはいえ、博紀さんにちょいと言いたいことがある。
「博紀さん、貴方のような人間がそれで留まるような人でしょうか? 貴方は生きることに対して狡賢い人に思えますけど」
驚愕、瞬き、そして消化不良になりそうな微笑。
「さて。どうでしょうね?」
飄々と答える目付の底知れぬ貪欲を垣間見た。
はは、この人は此処で留まる気なんてサラサラないんだ。目がそう物語っている。
「と、まあ、雑談はこれくらいにしておきまして。空さま、ご指導に行きたいのでご起立下さい。お部屋をご用意していますので」
……あ、忘れていた。
博紀さんに立ち振る舞いの指導を受けるんだった。てへ。
一時間はあるから、その間に忘れかけているであろう作法を思い出させると博紀さんは腕時計で時間を確認。
「時間をロスしたな」
本当は二時間掛けてやるつもりだったのに、と愚痴を零している。
「ほ、本当にやるんっすか?」
実は博紀さんの作法指導はかなりスパルタだ。婚約式前一週間の指導で嫌というほど体験している。
冷や汗を流す俺に、「もう減点1ですよ」目付が鼻を鳴らし、此処は公の場だということを忘れてはいないか? 指で人の額を弾いた。
「その口調は交流会ではタブーです。御堂財閥の人間として来ているのですから、知的にお話して頂かないと」
「う゛、ごめんなさい」
「申し訳ございません、です。減点2ですね」
「も、も、申し訳ございません!」
「どもらない。減点3です。空さま、減点5になったら、どうなるか分かっていますね? まったく少し見ない間に、すっかり元通りの立ち振る舞いになって。だから会長の下に預けて僕に指導させるべきなのですよ。ほら、お立ち下さい」
ひぇええええ! 完全に目付のスイッチが入っているんだけど!
逃げ腰になっている俺に、「それはできないぞ」救いの手が伸びる。さすがは俺の王子である。
そっちで用意した部屋で指導をさせることはできない。
何があるのか分からないのだから、と意見してくれた。
それどころかあたし様まで、「相手は淳蔵さんの刺客だからな」と言って助けてくれる。
よっしゃあ! これで作法指導はおじゃんだろう! さすがの博紀さんも手も足も出るまい!
心の奥底で勝利を掴んだとガッツポーズを取っていた俺だけど、博紀さんは諸共せず、
「なら此処でしますか」
と言って左右に座っている令嬢を無理やり払い退けた。あっちゅう間の敗北である。
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