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再来の財閥交流会(中編)






財閥交流会の開始時刻は午後七時半だという。

六時五分前に到着した記憶があるため、残り一時間半をエントランスホールで過ごさなければならない。


先ほどの騒動を時間に換算しても一時間にも満たず、俺達はエントランスホールで暇を弄ばなければいけなかった。

本来ならこの時間帯に、他の財閥と談笑交じりの交流をして時間をつぶすのだろうけれど、生憎今の俺達には叶いそうにない。

ロビーに設置されているソファーの一つを陣取り、俺はこの場の重々しい空気に耐えていた。


原因は俺の右隣に座る王子である。

あまりの機嫌に好敵手の鈴理先輩すらお手上げといった状態だ。

騒動を聞きつけて戻ってきた大雅先輩や宇津木先輩に視線を投げかけるとかぶりを横に振られる。

幼馴染達ですら手におえない機嫌のようである。

何か話題を振ろうと口を開くと、「ふざけるな」ようやく御堂先輩が言葉を発した。地を這うような低い声で。


「何故博紀をお目付けに置かなければいけないんだ。彼には蘭子がいる。それで十分だろう」


王子が憤っている理由は博紀さんの存在である。

ある程度、予想はしていたのだけれど、想像以上に御堂先輩は嫌悪感を見せた。

親しかったであろう博紀さんにそこまでの態度を取るのは、やっぱり彼が淳蔵さん側の人間だからだろう。

どうして自分のいない間に決めてしまったのだ、と御堂先輩が俺や蘭子さんに睨みを飛ばしてくる。

半分以上、八つ当たりだということは分かっている。

彼女の質問に対し、せざるを得なかった。俺達にはそれしか返答ができない。

御堂先輩が博紀さんに視線を投げると、「会長のご命令ですから」壁に寄りかかっていた青年が食えない笑顔で肩を竦める。


「空さまは公式のパーティーに出席した経験がございません。誰かが指導しなければ。そう考えた会長は僕を抜擢したのです。御堂財閥にとって不都合なヘマは犯して欲しくありませんので」

「無理やり豊福を出席するよう命じておいて随分な扱いだな」

「何を仰いますか。今回の交流会はあなた方の“婚約式中断”を詫びるもの。ご本人達が不参加というのはあまりに無礼ではないでしょうか?」


眼光を鋭くする御堂先輩に、「貴方は勘違いをしていませんか?」目付が嘲笑するように細く笑う。


「玲お嬢様。空さまは既に財閥の部外者ではなく“財閥関係者”のひとりです。貴方と婚約したその瞬間から……いえ、もっと前から彼は財閥界に縛られてしまった。良し悪し関わらず彼は財閥界の人間と深く繋がり、その世界の内情を知ってしまったのです。一財閥が不都合になる“知ってはいけない領域”にまで、ね。
そんな彼を“部外者”と見る人間は少ないですよ。例え空さまが元の世界に戻ったとしても、野心を抱く誰かが彼に歩むでしょう。それは御堂財閥を狙う人間だったり、」


王子から視線を逸らした博紀さんが順に鈴理先輩、大雅先輩、宇津木先輩を指さし、「彼等を食らいたがる人間だったりね」口角を持ち上げた。


「空さまが財閥界から解放される日が来るとしたら、それは“死”以外ございません。一度繋がった糸はもがくほどよく絡まる。まるで蜘蛛の糸のように。この世界は“そういう世界”です。財閥に身を置くお嬢様ならお分かり頂けますよね?」


相手の嘲笑に舌を鳴らし、御堂先輩が腰を浮かせる。それを止めたのは隣に座る俺だった。

「此処は交流会場ですから」

揉め事は避けた方が良い。
誰の目があるか分からないと促し、無理やり座らせる。

博紀さんの言葉に憤りは感じない。

彼に言われずとも分かっていたからだ。


自分の立ち位置はどうしようもないところにまできている、と。


“あの事件”によって命が危ぶまれた。その真相を知っている俺は常々思っていたんだ。

御堂先輩と婚約を解消したところで、本当に財閥界から解放されるのだろうか? と。


答えは否だ。

淳蔵さんの裏の顔を知ってしまった以上、会長は俺という小僧すら逃してはくれないだろう。

解消したところできっと別の手口で囚われるに違いない。

淳蔵さんにはそれだけの権力がある。


「いずれ空さまは会長の下に戻ることなります。その前に“財閥界に食われる”かもしれませんが」


博紀さん、わざと王子を怒らせているでしょう? その腹黒さが見え見えなんだけど。

あーあ、誰が彼女の機嫌を取ると思っているんっすか。機嫌の悪い御堂先輩を宥めるのって骨が折れるんですよ。


「ジジイの下に戻る? それはどういうことだい博紀?」

「会長の望みです。未熟な人間を財閥に置くのなら、それなりの教育を施したいそうです。空さまの部屋も未だに残していますしね。どちらにせよ空さまが嫌がろうとも財閥界に残る他に選択はないでしょうけど。空さまは財閥のパイプを繋ぐ人間としてはとても適していますし」

「随分高く買われたものっすね。それほど良い男でもないですよ」


おどけ口調で返すと、「会長は怖いですよ」なにせ、もしもの場合は他人の貴方に見合いの場も設けようとしていたのですから。博紀さんがおどけでこのようなことをのたまった。


「へ?」


俺は間の抜けた声を出してしまう。

み、見合い? 淳蔵さんが俺の? なして?! 本当の祖父孫関係じゃないのに?!

財閥のパイプを繋ぐ人間にするためとはいえやり過ぎじゃ。それだけ徹底しているってことか? こ、怖いな。淳蔵さん。


「しかし、見合いは見合いで良い条件かもしれませんよ。なにせかなり可愛いお嬢さんでしたから。空さまの好みを調べあげた結果のご令嬢で、確か一つ年下の癒し系。ふんわりした家庭的な女の子でご両親を大切にする、それはそれは初々しい恋愛観をお持ちだそうです。家柄のランクは高くありませんが、ほら、空さま好みでしょう?」


スマホを起動した博紀さんが壁から背を放し、わざわざ此方に歩んで見合い相手の画像を見せてくる。 

正直に言おう。
めちゃくちゃ可愛い子だった。

聞いたまんま癒しな子で画面に映る笑顔が眩しい!

年下で家庭的な子だなんてもろドンピシャじゃないか!

親を大切にする、は俺の中で絶対的な条件だったから、そらぁもう聞いているだけでトキメキそう!


す、少しだけ淳蔵さんの情報通が神に思えたのだども。是非ともお会いしてみた「豊福」「空」


うひっ?!

嘘です! 俺にはカックイイ女性がいるからっ、会いたいだなんて毛頭も思っていません!

だからお二人とも悪意ある笑みを向けないで! こ、腰を触らないで下さいぃいいい!


「あ、あの、どうして俺が見合いを? もしかして御堂先輩と破談になった時のために?」


両隣から伸びてくる忌まわしき手を拘束し、俺は努めて愛想笑いで博紀さんに尋ねる。


「ご名答」


その通りだと告げ、スマホを胸ポケットに仕舞う目付は理由をこう述べた。

すべては御堂家のためだと。

破談になったとしても、使える(そして内情を知る)人間を逃すほど淳蔵さんも甘くない。

使えるものは使えなくなるまで使用するのだ。

それは自分も同じことが言えるだろう。博紀さんは含み笑いを零した。




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あきゅろす。
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