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02-17





「そーら! ジュース取ってきぃいっ?!!」



次の瞬間のことである。

猛ダッシュで俺の下に戻っていた少年が躓き、両手に持っていたグラスの中身を外に放出。

不格好な弧を描いて液体は目前の男の頭にかかった。

あ、引き攣り笑いを浮かべる俺を余所に、態勢を立て直した犯人はやっべぇと慌てて相手に声を掛けて謝罪する。


「すんません。ちょっと慌てて……あ、なーんだ。ニーチャン、こんなところで突っ立って何してるんだ? 邪魔なんだけど」


犯人のことイチゴくんが相手を指さし、そんなところに突っ立っているからジュースを引っかぶるのだと注意。

自分が悪いくせに相手を叱りつけた。

また無様に濡れたその姿が思いのほかツボだったのだろう。

交流会に来る格好じゃないと腹を抱えて大笑いし始めた。


なんて命知らずなんだ、イチゴくん。

目の前の男は鬼と化しているのに!

こめかみに青筋を立てた博紀さんはわなわなと体を震わせると、「なんでお前がここにっ」なによりもまずは謝罪だろう! ギッとイチゴくんを睨みつけて彼の胸倉を引っ掴んだ。

予想外のことだったのだろう。

その瞳には憤りと混乱の二つが宿っている。

べっと舌を出し、キャツは両口端を人差し指で引っ張った。

「ソーリーソーリー、イチゴ、ワルクナイケド、アイムソーリー!」

ちっとも謝ってねぇよこの子!

「こ、このクソガキ。またしても、僕の邪魔をっ……空さま、何故彼がここに?」

鬼のような形相を此方に向けられる。俺は視線を流しながら、ついつい手遊び。

「俺のボディーガードを買ってくれまして」

「はあ? こんなものを雇われたのですか? 邪魔なこと極まりないのですが」

「だあれが邪魔だって? 俺と空の不滅の友情をあんたは知らないだろ! あんたこそ、なーんで此処に……ハッ、また俺達を監禁して疚しいことを!
ぎゃああああああ! 御堂、竹之内ー! 襲われるっ、俺達襲われるぅうう!」

「ばっ、馬鹿! お前、此処は交流会場だぞ!」

大声で叫びまくることにより、会場にいた人間の目が俺達に注目。正しくは博紀さんとイチゴくんに大注目。

おやおやデジャヴである。

前回の財閥交流会でもこんな扱いを俺は受けなかっただろうか?

嗚呼、皆様が何事だと注目して下さいますし!

最悪だと嘆く博紀さんの隙を見たイチゴくんが胸倉を掴んだ手を振り払い、「俺しーらね!」そそくさに逃げ出す。

堪忍袋の緒が切れたのだろう。

お前だけは野放しにしておけないと博紀さんが追い駆け始める。

名物となっているトムとジェリーの鬼ごっこの始まりだ。

ジュースまみれのまま追い駆ける姿はなんとも滑稽な!


「花畑っ! お前はいつもいつもいつもっ、さっさと帰れ!」

「ニーチャンはいつもいつも俺を追い駆けやがって! そんなに俺が好きかよ! ははーん、帰れ? 帰らないんだぜ! なにせ俺は財閥界を侵略しに来たのだから!」

「わけの分からないことをっ!」

「わけの分かることを言ってごめーんね!」


「地獄に叩き落とす!」

「天国に這い上がってみせる!」


トムとジェリー仲良く喧嘩しな、てか?

本当に二人は仲良しね。俺達大注目だよ。それを避けるために妥協した俺の努力は一体……。

別の意味で悪目立ちをしてしまった俺達の下に、ボディガードを買ってくれているフライト兄弟が歩んでくる。

イチゴくんとジュースを取りに行った彼等の手にはグラスが各々握られていた。

中身はカボスジュースらしく、イチゴくんは俺の分を取って来てくれたようなんだけど、事件は起きてしまった。

タイミングが良いのか、悪いのか、判断しかねるものである。

「大丈夫か?」

博紀さんの素性を知っているアジくんが眉根を寄せて、トムとジェリーの鬼ごっこを一瞥する。

少し離れた間に刺客が現れ、彼なりに警戒心を募らせているようだ。

俺もまさかこの短時間で淳蔵さんのお付き人が来るとは予想しておらず、博紀さんの出現には驚いてしまった。油断していたよ。

「大丈夫。何事もなく終わったから。蘭子さん達も傍にいたし。あー、彼を目付として傍に置いておかないといけなくなったけど、大したことはないと思う。イチゴくんが傍にいると博紀さんの調子も狂っちゃうみたいだしね」

あーあ、まだ鬼ごっこしてらぁ。
此処は三ツ星洋食屋敷だというのに。

「目付に? ……早速仕掛けてきたのかよ。悪い、探索している場合じゃなかったな」

「いいんだよ。アジくん達にはあんまり危険なことはして欲しくないから。それより、ノッケからこれじゃ先が思いやられるなぁ」

まるで此方の平常心をかき乱すような博紀さんの出現。

それによって俺達は余計な気を張らないといけない。

ほら、御堂先輩が子猫ちゃんと可愛がっているおにゃのこ達を掻き分けて戻って来る。

彼女の心労が増さなければいいんだけれど。

飛びつくように身を抱きしめてくる王子。

その反射的に体を受け止めると、彼女から何が遭ったのだと猛撃する勢いで詰問された。

大したことはないと苦笑いを浮かべ、説明をしようと口を開く。



「おーっほほほほほ! 貴方が噂の婚約者様ですの?」



甲高い笑い声によって説明断念!

誰だよ、古典的なお嬢様笑いをする奴は!

声は御堂先輩が来た方角から聞こえたようだけど。

とてつもなく嫌な予感を胸に抱えつつ、よしよしと王子の背中をさすって慰めつつ、俺はおにゃの子集団に視線を流す。

大部分のおにゃの子達が王子を取られて大ショックという面持ちをしている中、たった一人その集団から抜け出して歩んでくるツインテール女子が一匹。


可愛いというより、綺麗な顔が印象的な少女で背丈は鈴理先輩よりも小さく、けれどもずんずんと歩くその姿からして自信家に見える。

彼女の身に纏っているブレザーは名高い聖ダリア学院のもの。

確か御堂先輩が通っている聖ローズマリー学院と姉妹校だった筈。

栗色のツインテールをぴょこぴょこと動かし、俺達の前に立った少女は止まるや否や俺を指さしてこうのたまった。




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あきゅろす。
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