02-07
「だけど俺、決めたんだ。御堂先輩の傍にいるって。あの人は俺にとって守りたい大切な王子だから」
確かに鈴理先輩のことは一女性として今も見ている。
できることなら、傍にいてあたし様の我が儘をうんと聞いてあげたい。
でも好きな気持ちにも種類があって優先順位がある。
優柔不断と言われるだろうけれど、俺は御堂先輩も女性として見ている。守りたい女性として。
だから無理をしたくなる。
怖いくせに婚約を継続したり、進んで御堂淳蔵の命令を聞いたり、自ずから財閥界に飛び込もうとしたり。
「どうして、空くんはそこまで御堂先輩に入れ込むの? ごめんけど、僕には分からない」
借金の真相を知っているエビくんが平坦な声で尋ねてくる。
普通なら恨むべき一家の一部に肩入れをしているのだから、第三者としては理解できないところがあるようだ。
全体の風景を考えていた俺は持っている鉛筆をくるくると指先で回し、手遊びをしてその場を凌ぐ。
エビくんから強く名前を呼ばれたことにより、おふざけは仕舞いとなった。
「竹之内先輩より好きなの?」
眼鏡くんの極端な問いかけに、「だから守りたい人なんだって」あたし様よりも守りたい人なのだと力なく笑った。
「鈴理先輩も分かっている筈だよ。俺が御堂先輩を優先していることも。同じように俺も鈴理先輩が大雅先輩を優先していることを知っている。どうしてだろうね、好きな気持ちも宿っているのに守りたい気持ちを優先してしまうんだ」
御堂先輩はさ、俺が絶望の淵に落とされた時にいつも傍にいてくれた。
俺達家族がばらばらにならないよう、奔走してくれたりしてさ。
母さんが倒れた時も、電話一つで飛んできてくれた。
俺さ、母さんが倒れたと知った時、もう駄目だって思ったんだ。それこそ死んでしまいたいと思うほどに。
金の無い俺達は幸せになれない。幸せになれっこない。お金を恨んだ。心底恨んだよ。
「二度も家族を失うのか、そう思うと怖くて。お金のない人生に悲観して」
「二度も?」アジくんがおずおずと口を挟んでくる。
知っている前提で話していたけれど、そういえばフライト兄弟は知らなかったっけ。
金持ちの坊ちゃん、嬢ちゃんのご家族が人のプライバシー関係なく血縁を調べてくれるもんだから、誰に家族のことを言って、誰に言っていなかったか、もう分からなくなっているんだけど。
イチゴくんは知っていたよな。隣人付き合いで。
あんまり家族の血縁のことは話さないし、話したくない性格なんだけど、フライト兄弟なら大丈夫だろう。
俺を助けてくれたかけがえの無い友人だから。
「俺、今の家族の本当の子供じゃないんだ」
二人だけに聞こえる声で自分は両親の養子なのだと教える。
本当は父の兄の子供だということを伝え、血縁が薄いことを告げると、これまた決まり悪い顔をされた。
同情しているのではなく、困惑していると言った方が適切だと思う。
こういう顔を向けられるのは得意じゃない。
すぐさま空気を換気するために、
「今の両親は俺を大切に育ててくれた」
だから家族とはばらばらになりたくなかったのだと吐露。
「だけど借金を作っていたら、それも叶わないことだろ? だから腹を括っていたんだけど、御堂夫妻や先輩がそれを止めてくれた。俺達を助けてくれたんだ。彼等は真実を知らず、いつも俺達に優しくしてくれた。そんな人達を俺は恨むことができない」
「空くん……」
「あの家族もまた利用されただけに過ぎない。そしてあの事件で誰よりも傷付いたのは、俺ではなく、御堂先輩なんだ。彼女の傷心は痛いほど分かる。俺も似た痛みを知っているから。いつも俺は彼女に守られていたんだよ」
そんな彼女に背を向けて、自分の暮らしに戻るなんて俺にはどうしてもできない。
窮地に立たされた時に手を差し伸べてくれたのは王子だったのだから(そして、いつも俺の危機に駆けつけてくれたのは騎士と自称しているあたし様だったっけ)。
「どうなるかは分からないけど」
今は自分のやれることをやりたいのだと二人に告げ、今度こそこの話は仕舞いにしようと下書きに精を出す。だけど終わらなかった。お節介のお人好し男前がこんなことを聞いてきたから。
「お前は、財閥界に残って本当に幸せになれるのか?」
ゴミ箱の絵を描こうと鉛筆を画用紙に滑らせていた俺は手を止めずにこう返事した。
「もう幸せだよ。こんなにも想われているんだから」
今度は俺が返す番なのだと微笑を浮かべる。
自然に会話が消えた。弾まない話題を延々と繰り返しても、気だるくなるだけだ。二人もそう思ったに「空!」うわっちっ!
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