[携帯モード] [URL送信]
庶民友より、愛を篭めて



□ ■ □



「え、御堂先輩と気まずくなった? 喧嘩でもしたのかよ」


三時限目の美術。

環境問題をテーマにした絵を描くことになり、その下書きをしている1年C組は思い思いに2Bの鉛筆を滑らせていた。


真面目に下書きをしている子は黙々と作業を進めているのだけれど、大半は談笑をしながら適当な下書きを完成させている。

美術の時間は俺にとっても息抜きの時間だ。まず担当している教師が厳しくないから(多少のお喋りは放っておくめんどくさがりなタイプだ)、好きな人と固まって美術の時間を過ごしている。


下書きにドラム缶のような、空き缶のような、不細工な円筒を描いていた俺は両隣に座っている友人を各々一瞥すると小さな溜息をついた。

朝から幾度目の溜息だろう。

超テンションの低い俺に声を掛けてきてくれたフライト兄弟のこと、アジくんとエビくんは再三再四、喧嘩でもしたのかと話に食いついてくる。


人の不幸はなんとやら。

心配よりも好奇心が大きいようで、目が興味の光で満ちている。


「大方。セックス関連だろ」


おおっぴろげにNGワードを吐くアジくん。

下書き用の紙にスライムのような絵を描いて遊んでいる。


「もしくは竹之内先輩のことでしょ」


痛いところを突いてくるエビくん。

下書き用の紙に海岸の絵を描いて、真面目に作業に取り組んでいる。


どちらも違うと否定をする俺の口から新たな溜息が漏れた。

頬杖をつきながら、空き缶の輪郭を太くする。

見る見る円筒の形が崩れ、まさしく捨てられた空き缶の絵となった、かな?

傍から見たら、空き缶というより、長方形が斜めになった図に見えなくもないけど。


絵を描く作業は苦手だ。芸術関連のテストになると平均以下になるほど俺、美術や音楽といった芸術は苦手なんだ。

2Bの鉛筆を紙の上で走らせながら、


「喧嘩はしていないんだけどさ」


昨日の夜から向こうの口数がグンと減って二人でいると気まずくなるんだ。と、二人に話題を切り出す。


「原因は俺が財閥交流会に出席することなんだけどさ」


左側にいたアジくんの手が止まる。


「財閥交流会?」


オウムのように今言った単語を紡いでくる彼に頷き、再来週の金曜日にある旨と簡単な詳細を教える。

御堂淳蔵が主催する財閥交流会に参加を命じられ、出席しようとしたら婚約者に大反対され、今に至ることを。


御堂先輩に気持ちはとても分かる。

俺だって彼女のお荷物になりたくないし、できることなら御堂淳蔵とは二度と関わりたくない。

事故に見せかけて殺されそうになったのだから、実際は顔を見ることも恐怖だ。


だけど俺は覚悟の上で御堂先輩を選んだ。

彼女の背景に財閥があるのなら、多少のリスクを背負ってでも首を突っ込むべきだと思う。

なにより、あの人の傍を離れたら、それこそ王子は王子でなくなりそうな気がして怖い。

御堂先輩は俺が絶望にいた時、必ず傍にいてくれた。


なら、それだけのことを俺もしたいのだけど。


「彼女が欠席しろっつーなら、欠席していいんじゃね?」


人の悩みを素っ気無く一蹴するアジくんに瞠目してしまう。

こういう悩みならキング・オブ・ザ・男前の彼なら、あれやらこれやらアドバイスをくれると思ったのに。まさかそう切り返されるとは思わなかった。

機嫌でも悪いのか、ググッと眉間に皺が寄っている。

取り合えず愛想笑いを零し、「そうもいかないよ」俺は王子の婚約者なんだから、と返事する。


「そうしとけって」


庶民出のお前に財閥交流会なんて無謀だ、アジくんが食い下がってきた。


や、やけに突っかかってくるなアジくん。


眉を下げてエビくんに視線を流す。

綺麗な海岸を鉛筆の線で描いている彼は、憮然と肩を竦めるだけ。

俺の味方にも、アジくんの味方にもならず、中立な立場を取っている様子。エビくんらしい。


ただ、どちらかといえばアジくんよりのようで、


「次回じゃ駄目なの?」


ようやく意見をくれた。

次回ではきっと駄目なんだと思う。源二さんの頼み方から察するに今回の財閥交流会に出席してこそ意味がある。


そう言うと何だかアジくんの空気が2℃下がったような気がした。そろそろこの話題は切ろう。俺の問題だから。

下書きに集中するため画用紙と睨めっこする。

その直後、「素直になれば?」アジくんが鼻を鳴らし、前触れもなしに物申してくる。


「お前、まだ竹之内先輩のことが好きなんだろ? なら素直によりを戻しちまえばいいじゃんかよ。向こうも婚約を白紙にしたわけだし。どう隠しても、見る奴から見ればお前の気持ちの比重は竹之内先輩に傾いているぜ」


そんなに分かりやすいのかな、俺って。

再度、エビくんにアイコンタクトを取ると微苦笑を返された。賛同しているようだ。


「大体、学生のお付き合いなんて短いもんだって。婚約の枠を抜けて、普通のカレカノに戻っちまえよ。その歳で婚約して、一財閥の将来を見据えるなんてお前には到底無理だ」

「そりゃあ、そうなんだけど」

「悪いことは言わない。財閥の令嬢と婚約を継続するのはやめとけよ。お前の身が持たないぞ。英才教育を受けてきた令息令嬢と、平々凡々と暮らしてきたお前とじゃ雲泥の差じゃんか。はっきり言うぞ、俺はお前に財閥界の人間になれない」


辛辣の中に垣間見えるアジくんの優しさ。

敢えて人に厳しく意見することは勇気のある行動だと思う。

友達であろうと相手の欠点を突くって、他人(ひと)に悪い印象しか与えないじゃないか。


やっぱりアジくんは男前だよな。尊敬するよ。俺もそんな男になりたい。

彼の指摘を真摯に受け止め、


「そうだね。きっとなれやしないよ」


俺はそっと相槌を打つ。




[*前へ][次へ#]

6/20ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!