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02-05



廊下に出てしまった御堂先輩は多分、自室に戻ったのだろう。足音が遠ざかって行く。

間接的だったけど同行は拒まれたようだ。

彼女は俺の出席を最後まで認めようとはしてくれなかった。

これは説得に時間を要しそうだ。


俺としては一緒に行きたいのだけれど。


「先輩……」


そっと肩を落とす俺と、出て行った愛娘の背を見守った源二さんも苦々しい面持ちを作り、再び深いため息を零す。


「玲は父を酷く憎んでいる。一方で、空くんをこれ以上巻き込みたくないと想っているんだろうな」


分かっている。先輩が俺を想ってくれている気持ちは。だけど。


「婚約している以上、淳蔵さまの存在は避けられません。それに今、御堂先輩から目を放せば、彼女は……御堂先輩は性別のことで随分悩んでいました。その原因は淳蔵さまです。拍車を掛けるように恋心を利用されています。淳蔵さまを憎む気持ちは底知れない」

「なにより君を駒として取られたくないのだろう。気持ちは分かる。私も、一子を駒として利用された。彼女を幾度も傷付けてしまったんだ。実の父ながら恐ろしい人だよ。あの人は」


家庭を顧みず、利益を追求する仕事人間の血はとても冷たいものだと源二さん。

記憶上、父からの愛情は殆ど与えられたことが無いと言う。寂しい話だ。血が繋がった親子なのに。

「玲のことも申し訳なく思っている」

性別をとやかく言われ続けたばかりに、男装少女に追い込んでしまったのだから。

源二さんは切迫した面持ちを浮かべ、本来ならばお転婆な少女として今日を過ごしていたに違いないと悔やみを呟いた。


守るべき家族を守れず、寧ろ傷付けてばかりで心痛む。

本当は家柄もシガラミも取っ払って安寧に家族と暮らしたい、彼は本音を俺に聞かせてくれた。


「今や財閥の方針をめぐって骨肉相食む争いとなってしまったが、父のことは亡き母から頼まれていたんだ。母は大変慈愛溢れる人間でね。あんな父を心の底から愛していたんだ」

「淳蔵さまを……」

「私にすら理解できなかったよ。何故母は父を深く愛していたのか。ただ、一つ分かることは母は信じていたんだろうな。父のことを――空くん。もし財閥界が窮屈になったなら、いつでも玲と婚約を解消しなさい」


突然の申し出に瞠目してしまう。


「それが君のためでもある」


財閥界は水面下で常に政略が渦巻いている。

純愛だけで通る世界ではない。

庶民出の人間に耐えられるかどうか、源二さんは不安でならないようだ。

何故なら御堂一子、旧名嶋一子も家柄が低かったゆえに傷付き、何度も涙を流したのだから。


「君の厚意で、一件の事件は豊福夫妻に黙ってもらっているが、それも本当は心苦しいものがあるんだ。是非とも謝罪したいところ」

「事件はあなた方のせいではありません」


「しかし私の肉親のせいであることには違いない。玲も、君のことを本当に好いている。
だからこそ君を守りたい気持ちと、駒にされたくない畏怖が交差しているに違いない。あの子は一度、こうだと決めたらやり遂げるまで屈することはない。

今の玲は父を財盟主という王座から引き摺り下ろすことで頭が一杯だろう。
時に君の存在すら忘れて父にぶつかるかもしれない。

その時、空くんのあの子に対する気持ちが変わるかもしれない。それがね、私は怖いんだよ。余計玲が傷付く結果になりそうで」


――空くん、あの子は本当に君のことが好きなんだ。恋は人を良くも悪くも変える。君にその気持ち次第で、あの子の好意もむなしいものとなってしまうんだ。そのことを忘れないでやって欲しい。


源二さんの苦い言葉が胸に突き刺さり、その夜は一睡もすることができなかった俺、豊福空だった。





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あきゅろす。
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