急募:義父に言い訳する尤もらしい理由
もし、好きな人ができたらどんなことをしよう。何処へ行こう。何を話そう!
誰しもが一度は妄想を抱いたことがあるのではないだろうか?
あの頃、自分の運命を知らない青かった俺も彼女ができたらあれやらこれやらぐへへっ、という妄想を抱いたことがある。
具体的にどんな妄想かといえば、まず告白するシチュエーション。
放課後の教室でおにゃのこに勇気を振り絞り、初々しい反応と赤面した彼女をゲット!
あわよくば、人通りの少ない場所でまずは手を繋いで女の子の感触はいかなるものかと下心を抱いたっけ。
彼女が出来たらお決まりのイベントであるデート。
我が家は金銭的に苦しいため、徒歩でいける、でも彼女が喜びそうなところを二人で回ったら良いな、とか妄想したな。
男同士の秘密ということで父さんとそういう会話をした時、「公園なら無料だね」と発言したために、「空。それは完全な減点対象だ」哀れむような眼で見つめられたあの日あの時あの瞬間は忘れもしない。
え、いいじゃん。公園お散歩デート!
……と、反論した中学の俺はまだまだ女心が分かっていなかったという。青かったなぁ。
とはいえ、積極的に彼女を作る性格ではなかったために、まあ彼女ができたらこんなことがしたい。あんなことがしたい。あれこれ話したい。等々願望を抱く程度であまり行動に移したことはない。
草食男子と言われる所以の一つだ。
実を言えば、タイプの眼中は同級生もしくは年下だった。今となってしまえば口が裂けても言えない好みだ。
年下の女の子に豊福先輩、と笑顔で手を振られながら駆け寄られる。浪漫を感じない? そう思うのは俺だけ?!
いや、でも先輩という呼び名には何か魅力があると俺は思うんだよ。
そりゃあ野郎に先輩だのなんだの言われても、
「ははーん。君は僕より下だということを忘れないでもらいたいね!」
という傲慢且つ偉そうな態度を取ってしまうのだども、おにゃのこに先輩と言われたら、
「はーい。僕に御用?」
と、なりふり構わず構ってやりたくなるという魔力が以下省略。
……うっほん、まあ、今は年上のお姉さんも俺は好きだよ。好きになったよ。年上おにゃのこもときめくよ。
オトナの余裕っつーのかなぁ。
そういう余裕を見せながら豊福くん、と言って微笑む先輩がいたら駆け寄りたくなるもん。
時折儚い姿を見せることがあれば絶対に守ってやると思うんだろうな。
年下なんて関係ないとか思いながら。
やだもう、俺、女の子に期待を寄・せ・す・ぎ。
そろそろ現実を見ようか現実を。
さて、なんで好きな人やらおデート話やらになったのか。
それは、部屋で独り言を漏らしている御堂先輩のせいである。
「思えば僕は豊福とデートというものに行ったことがない。学園祭には来てくれたが、あれはデートとは何か違う。鈴理とは行ったことがあるのに、僕とはないなんて勝負的には劣勢だ。くそう、鈴理め。初カノに初キスに初デートとお初はどんどんあいつが取っているじゃないか。
よし決めた、僕は豊福とデートをする。婚約者という立場にあやかってデートをして、夜はほにゃらら……うん、これでいこう。鈴理に勝てる。最終お初は僕が取ればいいんだから」
「……先輩、そういう声は胸の内に仕舞ってください。欲望がだだ漏れです」
「何を言っているんだい、豊福。わざとに決まっているじゃないか。君の身悶えている姿が見たいからね」
この意地悪王子(♀)は策士なのか、ただのSっ子ちゃんなのか。
机に着いてフランス語の勉強をしていた俺は持っていた参考書を置くと、引きつり笑いを浮かべながら首を捻る。
台本片手に曜日ドラマを観ている御堂先輩は素知らぬ顔で、「この男の何処がイケメンなんだ?」男優さんにケチをつけていた。
女優さんの評価は高いようで何度も可愛いを連呼している。
この人と一緒に恋愛ドラマを観る際は、男優悪口(あっこう)注意だな。
彼女が短脚テーブルに凭れた。
表紙に台本の頁がぱらぱらっと捲られていくけれど、相手の気はテレビばかりに向けられている。
今の気分は舞台の練習、ではないようだ。
「豊福はベッド派? 敷布団派? 僕は後者の方がシチュエーション的に好きだ」
テレビ画面に主人公であろう女優さんのベッドが映し出され、御堂先輩が便乗したように話題を振ってくる。
画面に映る服が脱ぎ散らかされている薄紅のベッドを一瞥した後、「俺は畳派です」斜め上の返答をしてやった。
シチュエーションが何を指しているのかなんて、容易に察しているよ先輩!
ふん、鼻を鳴らして反論してやったぜと言わんばかりに相手の出方を窺う。
「畳か」
布団を敷かない方向も若気の至りでいいよね、と王子は何やら意味深な言の葉を紡いでいた。
「あれだよね。もう待ちきれないから布団すらも敷かずに……豊福、期待しているのかい? わぁ僕、全力で頑張らないと」
ぐわぁああ、なんていい笑顔! 意地の悪さが際立ったいい笑顔っすね!
「貴方と張り合おうと思った俺が馬鹿でした。ごめんなさいしますから勘弁してくださいよ」
「勘弁してあげてもいいよ。君が勉強をやめてこっちに来てくれたらね」
自分の集中力が切れたために、予習をしている俺に勉強を中断して構えとのたまう。
本当にいい性格をしているよこの人。そんなことを言われたら中断せざるを得ないじゃないか。
デスクスタンドのスイッチをオフにすると、重い腰を上げてのらりくらりと婚約者の下に歩む。
おいでと手招きをする御堂先輩が自分の前に座れと指差してきたので、素直に従った。
何かしたいのは一目で分かったから。
しかし、またやりたいことがなんともかんとも。
「……先輩、これは男の俺がやった方が」
「僕は君の彼氏だからいいんだ」
後ろから抱きしめるように腕を回して包んでくる先輩と共にドラマを観る、この異様な光景。
普通は可愛い彼女を腕に抱き寄せながら、いちゃラブお前等他所でやれよい激甘なことをするであろうこの体勢。
でも、何かがおかしい。
何かが違う。
違和感ありありだ。
ほぼ同じ背丈ではあるけれど、体形的に向こうの方が華奢であるからして……おかしいだろうな。傍から見たら。
少し体を傾けて相手に寄りかかり、どうにか相手の腕におさまっている格好している、俺のこの配慮!
つくづく優しい受け男ね俺!
もっと体を倒して寄りかかった方が相手の腕におさまぁああういゃああ?!!!
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