01-31
某Mスタードーナツにて。
一件のことで激怒した電波の弟さまは、さっきからこの調子である。
ははっ、激怒なんて甘い言葉かもしれない。
現代の若人が流行らせている激おこ六段階でいえば、最終段階の『激オコスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム!』か?
俺はこれを知った時、え、なにそれ? 日本語? 英単語を覚えるより難しくね? とか思ったさ。うん。
とにもかくにも神レベルにお怒りなさっている大雅先輩はそれこそ店の迷惑も顧みず、実のお兄さんを頭ごなしに叱り付けていた。
宇津木先輩がいるのにゲイ疑惑は向けられるは、警察沙汰になりそうになるは、人様に迷惑は掛けるは、ブチギレる要素満載だったらしい。
気持ちは痛いほど分かるのだけれど、それにしたってこのドーナツの量……山だよ、山。どーすんのこれ。
「た、大雅。少し落ち着け。楓さんの電波はいつものことではないか」
「そ……そうだよ。君のお兄さんはユーモアあふれる人だし。僕は怒っていないよ」
「俺は激怒もんだ! 電波やユーモアで警察沙汰になるなんざお笑い種だろうが!」
必死に幼馴染達が大雅先輩の怒りを宥めているため、お小言その他もろもろは流されている。
俺にとっては不幸中の幸いだ。
大好きな苺のホイップクリームの入ったドーナツにかぶりつきつつ、もう暫くは大雅先輩の説教が続くだろうと隣を流し目。
まだ実家には帰れそうに無いや。
父さん母さんと団欒する予定があったのに。
「空さま、ドーナツ美味しいですね。そこのチョコドーナツ、食べても良いでしょうか?」
「ん? いいよ。無くなったら大雅先輩が勝手に追加注文するだろうから」
「わぁ、ありがとうございます! 今日は凄く良い日でした。玲お嬢様とお買い物もできましたし、新しいお友達もできましたし、ドーナツは奢ってもらえましたし。空さまがストーキングに遭っていると耳にした時は心臓が凍りましたが、誤解でなによりです」
チョコレートソースのかかったドーナツを手に取ると、さと子ちゃんは美味しそうに口に入れた。
この状況でもドーナツを美味しそうに食べられる彼女は意外と肝が据わっているのかもしれない。
思えば、性格は人見知りでも親の反対を押し切り、舞台女優を夢見て上京した子だもんな。芯は強い筈だよ。
ガミガミと兄に説教している俺様と、それを宥めている攻め女ズ、そして他人事のようにドーナツを食べる女中を各々見やった後、俺は深いため息をついた。
電波人間と関わるのは今しばらくごめんだ。
あの人のせいで俺、常連客達からはゲイに狙われた店員として見られてしまったのだから。
(でも、楓さんの真意は)
ぺこぺこと弟に頭を下げている楓さんと見つめる。
大雅先輩の目を盗んで俺と視線を合わせてくる彼は、意味深長に笑顔を作った。
それはあの件について答えを早く出してね、という無言のメッセージ。
楓さんは本気で御堂淳蔵と対峙するつもりだ。
俺には守りたい人がいる。
その守りたい人のためにも、俺は婚約者の復讐心の元凶となる策士に立ち向かわないといけないのだろう。
でなければ同じ過ちを犯す。
きっと俺はあの時と同じ過ちを犯してしまう。
今度こそ相手の手ごまに成り下がる、そんな酷な未来が待っている。
「――二階堂楓。財閥界では木偶の坊(でくのぼう)と称されているけれど、あれは表の顔にしか過ぎない。あいつは食えない奴だよ。今も自分や関係者の繋がりを見て回って率先的に守ろうとしている。あいつらしいね」
でもひとりで回るのには限界がある。
味方の護身術も覚えさせないと、と言ったところかな。今の彼の行動は。
「いつ見ても興味深い人間だよ」
昔から腹芸達者なところがあったけれど、ついに行動を起こすまでになるとはね。
Mスタードーナツでパイを素手で割っていたとある青年は遠巻きに二階堂楓のいる席を眺め、口角を持ち上げる。
「御堂財閥の内紛。御堂淳蔵と二階堂楓の対峙。竹之内鈴理と二階堂大雅の婚約破棄。そして御堂財閥の子息候補、どれも興味深い。さて、どれから手を伸ばしてみようか」
ここはやっぱり財閥界を何も知らない、あの子が狙いやすいかな? ――ねえ、庶民出の豊福空くん。
To be Continued...
2013.11.18
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