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憎しみが復讐心にならぬように







「―――…先輩」
 
 

まるで拒絶されたかのように閉められた障子を見つめ、俺は伸ばしていた手を力なく下ろす。 

止められなかった。

ゼリーはいらないと言ったのに。
いらないと言ったのに。


なにより、傍にいて欲しいと願い乞うたのに。


吐息をついて、枕元に置いているグラスに手を伸ばす。

ポカリを口に含み、火照った体を冷ますよう試みるけれど、効果は薄いようだ。

体温がポカリの冷たさを奪ってしまうのだから。
 

「空さま」


俺の様子を見かねたさと子ちゃんが声をかけて来る。
宙を見つめたまま苦笑を零した。

「先輩の心の傷は深いね」

彼女の垣間見えた心情に寒気を感じ、傍にいて欲しいと切に思ったのだから。

御堂先輩の思考のすべては読めないけれど、俺の目にしたあの心情は、表情は、確かなる憎悪だった。


誰に対する憎悪なのか、想像しなくとも分かる。


さと子ちゃんも気付いていたのだろう。

しゅんと項垂れてしまう。

チャームポイントであるポニーテールも畳に向かって力なく垂れていた。


「仕方のないことだと思います。大旦那様のされたことは、お嬢様の御心を傷付ける他ないものでしたから。空さまだってあの事故は」

 
そっと人差し指を立てると、さと子ちゃんが大慌てで口を噤んだ。

きょろきょろと辺りを見渡す彼女に、「真相は秘密でしょう?」注意を促す。

ごめんなさいと反省の色を見せたさと子ちゃんに、今度から気を付けてくれたらいいよ、と笑って肩を竦めた。

怒ってはいないんだ。怒っては。


ただ御堂先輩の耳に入ったら、それこそ取り返しの付かないことになってしまう。

今でさえ憎悪が垣間見えているのだから。


あの姿を見ていると、傍にいたい気持ちが増す。

 
「さと子ちゃんは大丈夫? 事件に巻き込んでしまったけれど」

「本音をいえば、まだ悪夢を見ます。でも大丈夫です。お二人がいらっしゃいますし、蘭子さんも気に掛けて下さいますから」
 

元気なのだとガッツポーズを作るさと子ちゃんの空元気に目尻を下げた。

見え見えの演技だけれど、目を瞑ってあげよう。
彼女が俺の空元気に目を瞑ってくれるように。
 

「七瀬さんがいなくなった分、お仕事も増えちゃいましたけど、これくらいどうってこと……、ううっ、どうってこと……、ないんですから」


グズッと涙ぐんでテーブルに伏してしまうさと子ちゃんに、俺はいつまでも頭上に三点リーダーを浮かべていた。

この状況にも目を瞑るべき、なのかな。

慰めの一つでもかけてやるべきかも。彼女は彼に恋をしていた身の上だから。
 

(博紀さん、異動でこの家からいなくなっちゃったんだよな。今頃は淳蔵さんの側近をしているんだろうけど)
 

御堂財閥の内紛は耳にしている。
淳蔵さんと源二さんが対峙した今、俺は御堂先輩の幸せを願い、思い、最後まで源二さん側につくことだろう。それこそ何があろうとも。

知らず知らずペットボトルを握り締めてしまう。

淳蔵さんを敵に回すことがこんなにも怖い。命を狙われたと知っているだけに。


それでも俺は自分の意思で、婚約者でい続けようと決意をしている。

それを覆す気はない。
支え続けてくれた彼女の傍にいると、守り続けると心に誓ったんだのだから。
 

「先輩の憎みはいつか、復讐心に変貌してしまうかもしれない」
 

俺の呟きに、テーブルに伏していたさと子ちゃんが顔を上げる。


「そんなことっ」


否定しようとして唇を噛み締めた。

頭から否定できないのだろう。

そんな彼女に俺は笑みを向けた。


「だから俺とさと子ちゃんで精一杯守ってあげないとね。淳蔵さまのことを忘れてしまうくらい、楽しい毎日してあげよう」


見る見る彼女の表情が晴れていく。

うんうんっと頷き、「空さまは早く」お嬢様に抱かれてくださいね、と手を叩いた。


今まさにポカリを口に含もうとしていたため、盛大に液体を噴出す。

ゲホゴホと咽る俺は顔に熱を集め、なんてこと言うのだと反論。


きょとん顔を作るさと子ちゃんは、

「空さまがお嬢様を抱かれるのですか?」

と首を傾げる。


いや、そういうことじゃなくってさ!


「さと子ちゃんっ、俺と御堂先輩は高校生なんだよ。つまり何が言いたいかっていうと……シないよ!」

「またまたぁ。空さまったら、恥ずかしがらなくとも良いんですよ。雄々しく食べられてください!」


全力で応援していますから!

握り拳を作るさと子ちゃんが勢いよく立ち上がり、

「耳栓だって常備するようにしました」

着物の懐から小さなゴム製品を取り出してニッコリ。
 

「これで、いつでも声を出して大丈夫です。あ、ウォークマンも買ったのですよ!」


えへ、私もできる女中になったでしょう?

褒めて褒めてと言わんばかりに胸を張ってくるさと子ちゃん。


ズーンと落ち込んでしまったのは言うまでもない。


「あ。あれ?」

どうしたんですか?
慌てふためくさと子ちゃんに、「新手の苛めだ」シクシクと嘆いた。


誰だよ、さと子ちゃんにこんな至らん入れ知恵をしたのは。

蘭子さんか? 先輩か? それとも異動した博紀さんか?


ああもう、俺が嬌声を上げる前提でやんの。

先輩じゃなく俺が声を上げる前提。


泣きたい!


でも現実問題、本当にそうなのだから否定もできない!




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