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01-28



取り敢えず出入り口で佇まれても他のお客様に邪魔なので、顔見知りに甘えて四人掛けテーブルへ案内し相席となってもらう。

はてさて顔を合わせた鈴理先輩と御堂先輩の嫌味つらみはいつものことであり、大雅先輩もそれには慣れている。


よってメニュー表を開きながらご挨拶代わりの皮肉を飛ばし合っているあたし様とプリンセスの傍らで、俺様は欠伸を噛み締めながらスマホゲームを楽しんでいた。


一方、可哀想なのは付き合いの浅いさと子ちゃんだ。

まったく三人の関係に慣れていない彼女は持ち前の人見知りが発揮されているどころか、おろおろきょろきょろと皆の顔色を伺って縮こまっている。


アウチ、見ているだけで可哀想である。

財閥組はどいつもこいつも性格が濃いから、それなりに免疫がないと苦労するんだよな。


空気を崩しに自らオーダーを受けたいのだけれど、タイミング悪く女子高生の群れが入ってきた。喫茶店で八人連れは文字通り群れである。


クラスメートでお茶をしに来たのだろう。

席が埋まっていると気付くや否や、「席をお願いできますか?」と頼まれ、奔走する羽目に。


頃合良くお茶を終えたご婦人様がボックス席を譲ってくれたため、椅子を用意してご案内。

それで終わりなら良いのだけれど、お茶をしに来た女子高生の頼むオーダーの量は半端なものではない。

嫌というほど経験している。


だからこそ店長の伊草さんが俺を呼びつけ、厨房に回るよう指示した。

鈴木さんと主婦店員だけでは手が回らないと判断したようだ。


厨房に向かう途中、五番席に座っている先輩方に声を掛けられたため、オーダーだけ受けることにする。

彼等の空気を緩和したいという気持ちは忙殺する店内によって、すっかり念頭から消えた。

「い、忙しそうですね」

注文の間際にさと子ちゃんが細々と声を掛けてくる。

「まあね」苦笑いを零して、俺は注文票に内容を走り書きしていく。


「豊福くん。一巻、お願いします。二巻は鈴木くんで」


背後から店長のあわただしい声が聞こえてくる。

この店には一巻、二巻、三巻と言葉を交し合う時がある。所謂店員同士が交わす隠語だ。

例えば一巻は菓子担当、二巻はドリンク担当、三巻は取り揃えと必要に応じてお渡し担当と隠語が決まっている。

お客様の前で堂々と業務内容を口達するのも失礼だからな。


様子を見る限り、厨房の方が間に合っていないらしい。


「一巻ありがとうございます」


返事をすると、ボールペンのノックを押して先輩達のオーダーを確認。

間違っていないことを確かめると急いで厨房に向かい、作る側に加担した。



こうして不規則なピークに襲われた俺はすっかり先輩達の存在を忘れ、仕事に没頭する。

ようやく彼等のことを思い出すことができた時には既に閉店時間が近くなっていた。


次から次に帰って行く客人を見送り、後片付けをするために茶碗や皿をせっせと運んでテーブルを拭く。

人も疎らとなり、気付けば先輩達以外客人はいなかった。


そりゃそうか、だってもう閉店五分前だもんな。


その旨を伝えるために三時間ほど居座っていたであろう先輩達の席に赴くと、「空。お疲れ」鈴理先輩が微笑を向けてきた。


「随分と忙しそうだったな。声を掛ける暇も無かったぞ」


他の客人がいないことを確認すると、


「今日はやばかったっす」


こんなにも忙しいとは思わなかった。

俺は頬を掻いて微苦笑を零す。

いつもの二倍はお客が来たもんな。ほんと疲れた。


「バイトってやつはマジで大変そうだな」


大雅先輩が興味津々に腕を組んだ。簡単に出来そうだけど、そうでもなさそうだ。

彼の言葉に当たり前じゃないかと反論。

お金を稼ぐということは本当に大変なんだって。楽して金がもらえれば苦労は無い。


世の中そんなに甘くないんだぞお坊ちゃんよ!


「ね?」同意をさと子ちゃんに求めると、彼女は冷め切ったほうじ茶を啜りながらうんうんと頷いた。

彼女なんて住み込みだぞ? 俺以上に大変だと思うよ。



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あきゅろす。
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