これぞ電波旋風!
□ ■ □
その週の土曜日のこと。
午前中の補習を受けた俺は学校を終えると休む間もなくバイト先へ走った。
基本的に休日と祝日はバイトを入れている。少しでも稼いで実家の足しと俺の小遣いにしたいからさ。
うん、やっぱり自分の小遣いを持てるっていいよ。
気兼ねなくお金を使えるもん。
今日は五時間休憩なし。閉店時間八時までバイトだ。
終わったら急いで実家に帰るんだ。今週こそ父さんや母さんと和気藹々談笑する!
先週は楓さんが奇襲してきたせいで、ちっとも家族団らんが過ごせなかったもんな。
重度のファザコン、マザコンの俺だ。家族水入らずの時間を過ごさないと充電が切れちまう。
土産に店のおはぎを買って行こう。
二人ともバイト先のおはぎが大好きだから。
そんなことを思いながら“いづ屋”に向かった俺は午後三時から勤務開始。
最初の二時間は販売エリアと飲食エリアを行き来し、接客カウンターを担当した。
残りの時間は厨房だ。
接客よりも厨房の方が得意な俺は作る仕事を楽しみにしている。
そろそろ大学生の鈴木さんと交替じゃないか?
店内の掛け時計をチラ見しながら四人掛けテーブルを拭いていると扉のベルが鳴った。来客だ。
今日は一際お客さんの出入りが激しいな。
殆どの席が埋まっているけど案内できるかな。
喫茶は飲食に掛ける時間よりも、寛ぐ時間の方が長いから。
「いらっしゃいませ」
顔を上げ、持ち前の営業スマイルを向けると、「やあ」常連客である学ラン少女が片手を挙げてきた。
「こんにちは」
彼女の後ろからひょっこり顔を出したのは最年少女中。
おやおや、御堂先輩とさと子ちゃんがバイト先に遊びに来たようだ。
御堂先輩は様子を見る限り、部活帰りだろう。
私服姿のさと子ちゃんも今日は学校だったに違いない。
彼女は通信制高校に通っている。
基本的に自宅で勉強して、配布された課題を郵送する流れになっているんだけど月に数回スクーリングというものがあり、指定日は学校に行かないといけないらしい。前にさと子ちゃんから教えてもらった。
いつもは着物姿の彼女だけど今日は可愛らしい桃色のポンチョを身に纏っている。女の子らしい服装だ。
御堂先輩も着れば似合うと思うけど、遺憾なことに今日も雄々しく男装で決めている。
あ、でもブレスレットは付けてくれているみたいだ。照れるけど嬉しいな。
「二名様で宜しいでしょうか?」
プライベートでは婚約者、友人でも、今はバイト中。敬語で二人に接する。
「ああ。お願いするよ」
代表者の御堂先輩が受け答えする。
二人掛けテーブルは空いていないから、四人掛けテーブルに案内するか。丁度空いたし。
ただ今日は客の出入りが多いから相席になる可能性もある。
その旨を二人に説明すると、大丈夫だとさと子ちゃんが元気よく返事してくれた。
オフ日だからだろう。やけにテンションが高く楽しそうだ。
様子を見る限り、二人でショッピングでもしていたように見える。
よしよし、上京してきたあの頃に比べると良い笑顔になったじゃないか。さと子ちゃん。
早速二人を案内しようとしたその直後、扉の呼び鈴が鳴る。
またお客様のようだ。今日は本当に人の出入りが……あ、あ、あ、あぁあああ、いらっしゃいませー。
「む、空の甚平姿はやはりそそる。あの姿ごとお持ち帰りするにはどうすれば良いのだろうか、大雅」
「テメェ……電話で緊急事態つったよな? 急いで来てみれば、なんで豊福のバイト先にっ。騙しやがったなクソっ」
「何を言う。あたしのアルバムに挟んでいた甚平姿の空の写真が紛失したのだぞ。大変な緊急事態ではないか! どうせ暇だったのだろう? なら、あたしに付き合え」
フンと鼻を鳴らして腰に手を当てているのは肉食お嬢様代表鈴理先輩。
その隣ではこめかみに手を添えて唸り声を上げている哀れ俺様の大雅先輩。なにやら騙されて此処を訪れた様子。
神様は俺に試練をお与えしようとしているのだろうか?
なんでバイト先に二人の攻め女ズが現れるんだ。
しかも込み合っている今の時間帯に。
「おや玲ではないか?」
こんなところで女と浮気デートか、とあたし様。
「なんだ鈴理か」
君は婚約者とデートでもしているのかい、とプリンセス。
「女を口説いている暇があるのならば、さっさと彼女でも作ればいい。なあに、婚約者のことはあたしに任せろ。元々あれはあたしのだからな」
「ははっ、イケた婚約者がいるくせに欲張りなことを言うんだね君は。白紙にしなくとも良かったんじゃないかい?」
「あたしに向かって生意気なことを言うんだな玲。泣かすぞ?」
「君が僕を? 笑える冗談だね。できるものならやってみたらいいじゃないか!」
「言ってくれるな。腹黒王子」
「君もね、野蛮騎士さま?」
笑顔ながらも双方に青い火花が飛び散る。
店内の空調温度が2℃ほど下がったような気がするのは俺の気のせいだろうか?
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