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01-25




「きょ、今日は勘弁してくれませんか?」


返事は分かっているけれど聞かずにはいられない。何をされるのか恐ろしいんだけど!

「後日、喘いでくれるの?」

なら今度に回してあげるとニコニコ笑顔の王子。

あ、あ、新手の脅しである。

そんなこと言われたら最後、おとなしゅう王子の下す断を受けるしかないじゃないか。


取り敢えず、落ち着け。

まずは落ち着いて彼女の要求を聞いてみよう。


「先輩のご要望は?」

「可愛い豊福いいな」


……抽象的且つ本人の努力でどうにかできるレベルではなさそうなのだども。


「やだなあ先輩。可愛いは女の子に使う言葉っすよ」

「僕は可愛い豊福がいいな」

「俺は野郎っすよ」

「僕は可愛い豊福がいいな」

「先輩、俺は男……」

「可愛い豊福がいいんだ」


「………」

「………」


「……ちょっとばかしモロッコに行かないといけないようっすね。三年ほど時間を要すと思いますが宜しくて?」

「君が性転換してしまったら、僕は困ってしまうぞ! 僕は男の豊福が好きなんだ」


「じゃあ、その可愛いというのは」

「そのまんまの意味だよ。可愛い豊福が欲しい」


駄目だ、会話が成立しない!

彼女が俺の何に可愛さを求めているのかサッパリじゃい!

白旗を振り、もっと具体的に教えて欲しいと頭を下げることにした。

すると御堂先輩がおもむろにブレスレットを取ると、スカーフヘアバンドに戻して人の頭に通した。

キュッと後ろで結び目を作ると、スカーフヘアバンドを整えて俺の顔を覗き込んでくる。


直後、彼女から盛大に笑われてしまった。


「か、可愛いというよりっ、お、面白いかもしれない。豊福はあんまり女装が似合うタイプじゃないと見た」

「……まさか可愛い豊福って俺に女装をしろと?」


自然と眉根がつり上がる。

「そう思っていたけど」やっぱりいい、と御堂先輩。

クスクスと声を押し殺すように笑っていた彼女だけど、ついに腹を抱えて笑い始める。

人の顔を見ては可愛いと言う王子だけど、絶対嘘だ! この人は俺の身なりにウケているだけだ!


ひっでぇよ先輩っ、人にこれを付けておいて大爆笑とか!

俺、どんだけ似合っていないんだよ!


女装向きの顔じゃない?

そらぁ俺が一番知ってらぁ!


でもそんな俺に初対面のあの日、女じゃないか疑惑を向けたのは先輩、アータでしたよね?!


どうせ俺は攻め女ズ理想の“男の娘”じゃないですよ。

ぽにゃほわ可愛い癒し系草食男子じゃないっすよ。


大体このリアルな世の中に“男の娘”なんて存在するのだろうか。

野郎は何処かしらにムサイ臭いを漂わせていると思うんだけど。


さっさとスカーフヘアバンドを取ると、「可愛い豊福はお仕舞いっす」これで満足でしょうと俺は不機嫌に持っていたそれを王子に返す。

まーだ人の顔を見て笑う王子はごめんごめんと片手を出し、可愛いよ、と慰めの言葉をくれる。が、笑いながら後付けされても放っとけ! な気分である。


「面白いの間違いでしょう」嫌味で返すと、「そうだね」でも僕にはそういうところすら可愛いんだよ、と御堂先輩が口説いてくる。

人の右手を取ると己の指を絡め、突っ返されたスカーフヘアバンドを自分の右手首ごと器用に巻いてきつく縛る。

必然的に結び合う手と手はデジャヴを感じた。


「捕まえた」


目じりを下げてくる王子に、


「俺は逃げないですよ」


だから捕まえたは不適切な表現だと指摘する。


うそつき、彼女は人をおどけながら罵った。


「君はいつも逃げるだろう。こうして捕まえておかないと、豊福はあっという間に逃げてしまう。それこそ消えてしまう気がする」

「そんなこと」


「あるよ。君はうそつきで約束破りの常習犯だから」


いざとなれば君は約束すら平然と破る。

そういう人間だと遠まわし遠まわしに責めを口にした彼女は、「逃がしてあげない」いつもこうして捕まえておくのだと、その手を握りなおして強引に腕を引いた。並行して、空いた手が後頭部に回された。


すっかり油断していた俺はなされるがままに相手と口付けを交わす。


重なる唇はくっ付いたり離れたり。

鳥がくちばしで戯れるようにつつき合う。

触れるだけの戯れ合い、その行為に垣間見える口を開けて欲しいという催促。

無理やりディープキスに持ち込むことも出来るのに、王子の場合はそれを積極的にやろうとはしない。


多分好みじゃないんだろう。彼女はじっくりと人の羞恥を温めて自ら口を開けることを好む、意地の悪い性癖をしている。


それが分かっているから逃げるように身を引くけど、頭が固定されて顔が動かせない。

覗き込む硝子玉のような瞳が、ほら言ったそばから逃げているじゃないかと笑ってくる。

絡め取られる指先が悪戯げに身じろいだ。


反射的に先輩の手を握り締める。

縛られた右手達は決して離れることなく、本体の振動によってあちらこちらに宙を漂う。

丁寧に舐められ唇が濡れていく。

それが恥ずかしくて堪らないのに彼女はやめようとしない。

かと言ってディープに縺れ込む気配もない。


リップ音を出して、いつまでも人の唇を堪能する。

俺が相手を誘うまで許してはくれない。


目と鼻の先で感じる呼吸と体温。じんわりと湿る手の平。固定されたままの頭。


終わりの見えない艶かしい戯れに耐えかねた俺は目を瞑って、ついに口を開き、相手を誘う。

けれど予想していた衝撃はこない。

どうしたのだろうか、そっと瞼を持ち上げると頃合を見計らったように彼女が深いふかいキスを仕掛けてきた。


人の驚く顔が見たいがための行為、意地悪だ。


声を上げそうになったせいで喉が引きつるような音が出た。

それすら楽しむように相手はキスを愉しむ。

味わう、というより、溺れさせる、と言った方が適切な表現だ。

溺れないように必死に理性を繋ぎ止めるけれど、嘲笑するように王子は快楽の底へと突き落とす。


呼吸を奪うようなキスは本当に溺れてしまいそうだ。

息継ぎをするタイミングで頭に回っていた左手がつっ、と背中に流れ落ちてくる。

新たな感触に抗議の意味で彼女の名前を呼ぶと、相手の全体重がのしかかってきた。




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あきゅろす。
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