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優先すべき人間語り



その日の放課後。

学校を終えた俺はのらりくらりと正門へ向かい、今か今かと待ち構えている迎えのリムジンに乗車した。


未だに送り迎えは慣れていないのだけれど(送り迎えだけでガソリン代がどれだけ掛かると……)、俺が何を言ったって迎えを寄こされるため、おとなしく車に乗り込むしかない。無視をしたって迎えに来てくれた相手に悪いしな。


車内には教育係の蘭子さんがいた。

今日も大層ご立派な着物を身に纏っている。

本日は菫色に菫柄の入った着物か。着る相手によって着物は華やかさを増すようだ。

うむむ、女性特有の艶やかさがなんとも色っぽい。

髪をお団子にして白いうなじを見せている蘭子さんのことは是非とも“日本美人”と称したい。


口が裂けても婚約者や元カノの前では言えないけどさ!


「こんにちは」挨拶の言葉をかけると、「お帰りなさいませ」お待ちしていましたよ、と蘭子さん。柔和に頬を崩して迎えてくれた。


彼女は御堂先輩の教育係だけど、最近は俺の教育係としても一役買ってくれている。

対面側に座るや否や今日の予定についてをつらつらと述べ(今日は一日フリーだ!)、「明日は英語ですか」明日の家庭教師に向けて今日の勉強はこれをするべきだと意見してきた。

御堂先輩の婚約者である以上、教育係の言うことは聞いた方が懸命だ。

彼女に言われたことは率先してやろうと思っているため素直に返事をして相槌を打つ。


過度な勉学をこなしていた時期に比べれば、今の日々は本当に楽だ。自分の時間も持てるしな。


スケジュールの確認を終える頃合を見計らい車が発進する。

運転手の佐藤さんにも遅れながら挨拶を送った後、俺は御堂先輩の予定を尋ねた。

どうやら彼女は部活があるようだ。

今日はミーティングだけだろうけど、彼女にとって初めて主役を取れた舞台だ。気合は入っていることだろう。


「ミーティング後、ご友人とお茶をする可能性があるかもしれませんね」


蘭子さんはそう言うと、「もしかしてお嬢様をお迎えに?」何やら期待と熱の篭った眼が向けられた。

彼女の夢は御堂先輩の子供を腕に抱くことであるからして……その、なんだ。

俺と御堂先輩の仲を全力で応援してくれている。


早く子供ができないだろうかとぼやくも多々。


ははっ、俺、まだ高校生!

親父になるにはちっとばかし早いぜ蘭子さん!


「空さまがお迎えにあがると知ればお嬢様も大喜びでしょう。ご連絡致しましょうか?」


勝手に話を進める教育係に、「部活を優先させてあげてください」あの人は俺に甘いから迎えに行くと言えばきっとこっちを優先するだろう。


蘭子さんの言うとおり、迎えを目論んでいたけれどまずは部活だ部活。

今回の舞台は、主役に選ばれた御堂先輩にとって大切な舞台となるだろうから。


あんなに喜んで電話をしてくれたほどだし……あ、そうだ。


お祝いにちょっとしたものを贈るのも手だよな。

まがいものでも一応は婚約しているんだ。こういう行事はマメにするべきだろう。


嗚呼、今まで気付かなかった俺ってマジ気が利かねぇ。

わざわざ楓さんと夜の水族館に行ったのだから、そこで土産を買うのも手だったろうに。

言い訳をさせてもらうと、土産を考える暇も無いほど振り回されていたという。


いやそれにしても気が利かないぞ俺。

いつもしてもらっているんだ。

過度な攻めは置いておいて(セクハラとかセクハラとかセクハラとか)、彼女には支えてもらってばっかりだ。何か気持ちは返さないとな。


給料日は遠いけど貯蓄によって余裕はある。

キャッシュカードも手元にあるし買い物くらいできるだろう。


思いついた案を蘭子さんに出し、買い物をしたいので寄り道したいことを告げる。

手を叩いて賛同してくれた教育係は早速駅に向かおうと提案。佐藤さんに進路の変更を伝えた。


はてさて買い物をすることになった良いのだけれど、彼女に何を贈れば良いのだろう?


女の子にプレゼントなんて殆どしたことが無い。

記憶上、鈴理先輩に花束を贈ったことくらいか?

しかもあれは婚約パーティーの花束っ、思い出がしょっぱい!


だってプレゼントを贈ったその夜に俺達は破局以下省略。平手打ちを食ら以下省略。記録的大号泣し以下省略。


思い出せば思い出すほど贈り物の内容が塩からい!


人知れずズーンと落ち込んでしまう俺の手を取り、「可愛いものにしましょう」蘭子さんが真っ直ぐ見つめてくる。


か、可愛いもの?

御堂先輩は可愛いものより、クールなものがいいんじゃないかな。

部屋に置いてある雑貨もシンプルなものが多いし。


俺の意見に、「駄目です」可愛いものにしましょうと蘭子さん。痛いほど手を握り締め、お嬢様を女性に目覚めさせるチャンスだと熱弁した。


「玲お嬢様が男の人と恋に落ちている今、少しずつ女性の心が芽生えてきました。恋は魔力。どんなに男装をしていても、女の子を口説いていても、立ち振る舞いがガサツでも、やはりお嬢様は女性なのです!」


ア、アダダっ! 蘭子さんっ! 手っ、力、強いんだけどっ!


「この前もファッション雑誌を見ていたのですが、そのページがワンピースだったという……蘭子は感激しました! ついにお嬢様もそういうお年頃になったのですねっ! きっと空さまを異性として見ている心が表に出たのでしょう」

「あ、あの蘭子さんっ、手を」


「そこで空さま!」

「は、はいっす!」


「お嬢様の仄かな女性心をくすぐってあげてください。貴方の行動一つでお嬢様は男にも女にもなるのです!」


そげなこと言われても。

逃げ腰になると、「御堂家のためにも」お嬢様を女性として目覚めさせてください。たとえ立場上は彼女だとしても、ここは男を見せてお嬢様の乙女心を貴方の手で! と、まあまエンドレスに語り、蘭子さんがグイグイと詰め寄ってくる。


自分も協力するからと言う教育係の気迫にはたじろいでしまう。その熱意が怖いんだけど、蘭子さん。


「なんなら下着でも」

「阿呆なこと言わないで下さい!」


誰がなんの下心を持って贈り物をするのだと俺は怒声を張った。

蘭子さん相手だろうが関係ない。そんな物を贈った日には俺の居候生活が危機に晒されてしまう!



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あきゅろす。
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